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Food|ナイフを伝って指先から感じるおいしさ

先週、長野での「アップルライン復興プロジェクト×#CookForJapanコラボディナー」で、アップルライン復興プロジェクトの運営をしていた波多腰遥(はたごし・はるか、男性)さんが東京に来ているということで、ランチに誘って六本木の「ラ・ブリアンツァ」に出かけました(下の画像はスペシャリテのトリュフのグラタン)。

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波多腰さん、クラウドファンディングのスペシャリストなので#CookForJapan のクラファンで気になっていることなどお聞きしたり、アップルライン復興プロジェクトの現状のことなどをお聞きしました。

そんな話のなかでも、職業柄、料理に対する感度は敏感なので、気になることがあると、話の途中でも、頭が料理に行ってしまうのです。

この日は、会話の最中にナイフの切れ味に「え??」となってしまった話です。

京セラのナイフの切れ味はすごかった!

シェフの奥野義幸さんがいらしたので、ランチコースのメイン、岩中豚を自ら焼いてくれたんですよね。お皿にのったパンパンに膨らんだ岩中豚のロースは見るからに旨そう。

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このために用意・交換されたステーキナイフで切ろうと、ナイフを手にするとやけに軽い。ナイフはある程度の重さがあった方が使いやすいので、こんなに軽いのは珍しいな、と思ってナイフのメーカー名を見ると「KYOCERA」と記されてある。

へー、珍しい。あの電子機器メーカーの京セラ?

と考えながらぷっくりと膨らんだ肉の表面にナイフを押し当てると、表面が弾けるような感触が一瞬指先に伝わった後、「すぅー」っと刃が肉に密着していくように中に入っていく。

うわ、この肉のハリ、水分をしっかり含んだまま焼き上がっていて、ジューシーで旨そうじゃないか!!

と、食べる前から、これまで食べた旨い豚肉の記憶が思い起こされ、期待が膨らむ。口に運ぶと、やっぱり旨い! ほら、ナイフを入れたときのイメージ通りで、つい波多腰さんと話が「このナイフすごいよく切れますね」という話になりました。

食べる前からナイフから伝わってくる感触で旨いのがわかったという話です。

ちなみにブリアンツァのナイフは、おそらく「ZKナイフ(黒、刃渡り11cm)」(5000円、型番:ZK-110BK-BK)。セラミック製で手入れも簡単で、扱いやすいモデルみたいです。

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岩中豚の味や、焼き方の良さが根本にあるのが前提なのですが、それをただ重いだけで大して切れないナイフで食べても、心を揺さぶられなかったでしょう。わざわざnoteにまで書こうと思わなかった。

肉の質が良くなり、昔と違ってやわらかい肉が当たり前になったのだったら、ナイフの役目もおのずと変わる。使いやすさ、軽やかさが現代の条件なのだから、伝統やブランドに縛られずに、時代にあった良いものを使っていこう。僕はそういうのが大好きです。

こうした細部に宿る哲学が、人気レストランの条件なんだよ」と、つとに納得したのでした。

ナイフから伝わる振動でおいしさがわかる

ブリアンツァのように、UI(ユーザーインターフェイス)としての「切る」という行為のデザインは、じつは大事で、料理を味わうUX(ユーザーエクスペリエンス)の向上に大きな役割を持っているな、と食べる側から感じています。

このあたりのことは、以前、ミスターチーズケーキの田村浩二さんも、noteで書いていました。

前述の長野のコラボディナーでも、神谷隆幸さんの「福味鶏と菊芋のパイ包み トリュフ風味」で、UI/UXを考えされられました。

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今回のイベントの会場になった「オステリア ガット」は、神谷さんにとって初めての厨房。オーブンの癖もつかめていないなかで、パイ包みを出すってかなりチャレンジしてるなと、メニュー表を見たときから思っていました。

それで、いざ皿が運ばれてきて、ナイフを入れようとすると、パイのパリっとした硬さが、ナイフを通じて指先に伝わってきます。しかし、それは「サクッ」や「サクサクッ」という感触ではありません。

なるほど、オーブンがどんな状況であっても、焼き切るパイ包みを神谷さんは作りたいのか――

パイを膨らませながらいかに焼き切るか。モサっと口当たりの重いパイは、中の素材の邪魔になるだけ。パイの役目は食感と香り。だから本当に一瞬でいい。それが、僕が考えるパイ包みの魅力です。

キッチンの状況がつかめない環境下。神谷さんは、お客様に出す料理を構築していく取捨選択をしていくなかで、パイの質感だけはどうしてもゆずれなかったのでしょう。

食事後に聞いてみると、僕が感じた通り、折り込みを少なくしてパイに立ち上がりを低くするかわりに、薄くともしっかりと焼き切る方を選択したと話してくれました。

やっぱりね。

今回の長野でのコラボイベントは、ニースに行かずとも、神谷さんの料理が食べられるとうれしさがある一方で、使い慣れないキッチンや、初めて触れる食材での料理を、「神谷さんの料理」だと思ってはいけないよなぁ、と考えていました。あくまでエッセンス。

でもね、やっぱりこういうパイ包みに対する態度がわかるとうれしいんですよ。「何を大事にするのか」みたいなことは、たとえ食材や料理方法が変わっても、本質の部分として通底している。なので、そこについては完全に「神谷さんの料理に触れた」といっていい、と思っています。

五感を使った方が、おいしく食べられる

料理において「」は、もっとも重視されるべきものです。しかし、その一方で、その重視されるべき「」は、さまざまな外的要因によって変化することが多いし、もっというと食べる側の内的要因によってもかなり左右されると僕は感じています。

しかし、今回のようなナイフを通じて感じる料理の質感は、味ほどに大きなブレがなく感じることができるんじゃないかと思います。

ナイフを通じて感じる」ことは、いわゆる五感のなかの触感にあたる(場合によっては、少し聴覚もある)ものです。これは、これまでの経験との差がわかりやすく(味の違いは分からなくても柔らかさの違いはわかりやすい)、さらにその経験の差を他者に伝えやすいんです。

日本はとくにその傾向が強くて「柔らかくて高そうなお肉」とか「パリパリ触感」、「とろりとした口当たり」など、味とは別の感覚に、おいしさが引っ張られています。

これと同様に味覚以外の視覚(盛り付け)や嗅覚(香り)、聴覚(サクッという音)なども差がわかりやすいように思います。なんなら、味覚が一番、過去との体験と差を感じずらいし、その体験を他者に伝えづらい。

このあたりは、「ザクザクの板チョコ」という、伝えやすい体験をチョコレートに導入した「minimal」の山下貴嗣さんとかが、意図的にやっていることでもあるので、調べてみてください。

ブリアンツァのナイフの切れ味のように、触感の差はとても感じ分けやすく、かつ、ほかの人とも共有しやすい(実際、波多腰さんとは、ナイフの切れ味の良さを共有できた)体験の重要性。

味覚に比べて、定量評価しやすい、触覚や視覚、嗅覚、聴覚にまつわる感覚器をうまくデザインすることができれば、食体験(UX)は飛躍的に向上すると思います。

そして、食べる側である僕たちも、もっと味わいとともに、その他の感覚を開放し、文字通り「五感を使って」料理を味わうようにすれば、いままで以上に発見の多い、豊かで濃厚な食事の時間を体験できるはずです。

と、いうわけで、まずは「ナイフから伝わるおいしさ」を意識して使ってみてはいかがでしょうか!

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