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Life|よく聞かれる「若手料理人に向けてひと言」について答えました

ここ2週間ほど、立て続けに「飲食店に勤める若い人たちに、1つだけ伝えるとしたら、何を伝えますか?」ということを聞かれました。これはなかなか、難しい質問ですねぇ(笑)。

質問としては、「マネージメントするのって大変ですがどうしましょう?」という意味だと思うので、「まずは一生懸命仕事しろ」みたいなことを言った方がいいというのはわかっているんですが、僕はあえて「逃げることもありですよと伝えたいですねぇ」と答えたんです。

もちろん、どちらの方も「う~ん」みたいな顔をされてましたので、期待に応えられずすみません、とは思いましたよ(笑)。

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無数に道があるのになぜ一つの道にこだわるのか

飲食業界で働く若い人たちに対して、「全員が成功者になれるわけではない世界だからこそ、この世界からの脱落者を少しでも減らしたい」という思いが僕の基本にあります。

料理雑誌の編集を長くしてきたなかで、世界的に著名なシェフの話を繰り返し聞いていると、この世界に来れる人は本当に一握りの限られた人たちであることを実感します。

もちろん日々を繰り返して積み重ねる鍛錬が絶対に必要であることは確かなのですが、それと同じくらい努力しても乗り越えられない運と呼ばれるようなものがあったり、経済的な巡り合わせや、やり続けるメンタリティ、天性の性格のようなものがあって、トップシェフになることは、そういったたくさんの要因が絡み合った結果だと思っています。

そう考えると、この世界に辿り着けなかった人もじつはたくさんいる。その人たちは、いったいどこでどうしているのか。できたら、料理は続けていてほしい。料理雑誌をやりながら、この本に載ることができなかった人たちのことをいつも考えていました。

逃げることもありだよ」という意味は、飲食店で働くことだけが唯一の道ではなくて「ほかにもたくさんの道があるんだよ」ということです。それを別の視点で見ると、何でたくさん道があるなかで「飲食店」を選んでるの?という問いでもあると思っています。

世の中には数多の職業があるし、人を喜ばせたり感謝されたりする仕事は、職業の数だけあります。「料理に出会って感動した」から料理を始めたのであれば、高校サッカーからプロを目指さなかった人は、みんな成功できなかった人になってしまうし、ファッションが好きな人は、みんなアパレス業界に行かないといけなくなってしまう。それでもファッションが好きでい続けることも全く問題ないですよね。

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誰かの評価によって自分の評価が決まる怖さ

ちょっと極端な話になってしまいましたが、サッカー好きならサッカー関係のライターになったっていいし、ファッション好きなアパレルを支えるECアプリの開発をしたっていいように、同じ業界で携わり方を変えていたっていいわけです。

そういうなかで、僕は料理が好きで飲食業界に入ってきたなら、せめてまるっきり違う業界に転職しないで、好きだった飲食業界の周りにい続けてほしいなと思います。好きだった料理が大っ嫌いになって、もう嫌だと離れてしまうことが、僕にとってはとても残念なことです。

そういう意味でも、自分のなかに「続ける」「やめる」という2つの選択肢を持っていられることは、心に余裕が生まれるんじゃないかなと。「続けなくてはいけない」という強迫観念の中で生活するのではなく、「ダメだったら次のチャンスがある」と思える状態であること。

じっさい、お店にいらっしゃるお客様にはまったく評価されなくても、別のコミュニティではとても評価されることもあります。トップシェフと呼ばれる人たちのSNSとかを見ても、Facebookではいつでも反響が高いシェフが、Twitterでははまったく反応がなかったり、Twitterでバズらせまくっているシェフが、Facebookでは「いいね」があまりされなかったりしています。

それは、Facebookの方ががいいとか、Twitterの方がいいとかそういう話ではなくて、その人の個性とソーシャルメディアの相性をよく見極めて、自分の個性が出しやすいところで活動をしたことがいいということです。

誰かの評価によって、自分の評価が決まってしまうのは、その誰かがいなくなってしまったときに、自分の評価が「」になってしまいますよね。

そんなことになるくらいなら、自分のことは自分で評価できるようにしておく方がよっぽど健全だし、持続可能なことだと思うのです。

だから、たとえばいつもレストランで怒られてばかりいる人がいて、もしそれが「なんで報告しないんだ!」ということで注意を受けているのであれば、一人で仕事ができるようなワンオペの店に身を置くといい。そもそも報告の必要がないので、怒られる心配がありません。お金をためて、一人でできるような店を作る準備をすぐに始めるべきです。

試作会で店のコンセプトにあった料理が提案できない」と悩んでいるのなら、古典料理ばかりを出す伝統的なお店で、新作料理なんて必要ない、名前のある料理を作り続けたらいい。

誰も自分の料理をおいしいと言ってくれない」というのなら、家族や友人に料理をふるまったらいい。ぜったいにおいしいって言ってくれるから。それで満足できるなら、出張料理人に転向したっていい。

あなたが誰かに言われて「短所」のように感じていることは、ほかの誰かにとっては「個性」になることがたくさんあるので、さっさと環境を変えた方が、あなたらしくいられるはずです。

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選択肢を多く持つことが「幸せ」に繋がる

そもそも、「飲食業界で成果を残す」「一流シェフになる」「独立して店を出す」という目標は、本当にあなたの目標でしょうか? もやもやとした実態のない感情を形にするために、誰かが決めた「飲食業界で成果を残す」「一流シェフになる」「独立して店を出す」という枠に押し込んでいませんか?

世の中にたくさんの選択肢があるなかで、たった一つの道しか成功ではない、と考えてしまう方がもったいない。

だから、まずは「逃げてもいい」という、もう一つの選択肢を持つことから始めてみてはどうでしょうか。そうすれば、ここまで一生懸命やってだめだったら別の道に行こうというがんばる期限も設けることができますし、この人にはかなわないからとさっさと見切りをつけて別のことをしよう、というふうに人と比べてがっくりすることもなくなります。

そもそもみんなが成功できるわけではないのだから、成功できそうなところで仕事をした方がいいんじゃないか。

僕は、選択肢を多く持っていることが、人生を豊かにすると思っています。いくつかの選択肢のなかから、自分にとって最良の選択肢を選べる。それは経済的な選択肢だけではなく、精神的な選択肢の多さも含みます。

僕からみると「こうでなくてはいけない」という選択肢が一つしかない世界はとてもかわいそうに感じます。

逃げることもありだよ」。

あと、逃げるんだったらスパッと逃げた方がいい。ダラダラと逃げもできずにい続けていると、いつまでたっても環境を変えられず、自分の個性を抑圧されたままで辛い思いをし続けてしまう。そして抑圧されてしまった個性を、再び解放することは、じつはとても難しいんです。

そのかわり、逃げずにやろうと思うんだったら、とことんやらないと、今度は「逃げる」という一つの選択肢しかもたなくなってしまいます。だから「逃げる」という選択肢を持つということは、「やりきるという覚悟」という選択肢とのセット。

やらなければいけない」から「やるかやらないか」の2択を持つだけで、世界は変わってみえると思います。ぜひ、若い飲食業の方には、自分自身で選択をしてもらいたいと思っています。

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僕は、全員が星付きシェフになる必要はないし、そもそもなれないし、じゃあ、星付きシェフになれば成功なの? 成功の定義なんて、自分で決めることじゃん。ということを言いたかっただけです。

一流シェフの方々の鬼気迫る生き方に鳥肌が立つ思い出で、接し、尊敬していることを、補足させてもらいます。

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明日は「Life」です。「写真を選ぶ仕事がいちばん好きと気づいた話」を書いてみます。

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