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Art|残念に修復された?フェルメールの《窓辺で手紙を読む女》は、本当に残念なのか

ドイツのドレスデン美術館に所蔵されているフェルメールの作品《窓辺で手紙を読む女》の修復が完了したというニュースが配信されました。

修復された姿は、くすみが払われ鮮やかな色彩がよみがえり”若返った”という印象を与える以上に、それまで何もなかった背景の壁に、とても大きなキューピットの絵(絵の中の絵を「画中画(がちゅうが)」といいます)が現れ、修復前と作品の印象が大きく変わりました。

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修復後
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女
1657〜1659年頃 ドレスデン美術館蔵

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窓辺で手紙を読む女》(修復前)

修復前の画像を見慣れているフェルメールファンにとっては、「え、まじ?? 前の方がフェルメールらしかったのに」という感想をもたれた方も多いのではないでしょうか。

僕もそのうちの一人で、「うわー」と思ってツイートしちゃっています。

しかし、よくよくフェルメールの作品全体を見直してみたら、それほど残念ではないし、むしろ「かえってしっくりくるかも」と思い始めました。

背景の絵はフェルメールが
消したのではなかった

上に引用している記事を読むと、2019年の修復の調査の際に、キューピットの絵の具とそれを塗りつぶした絵の具の間に、汚れの層があることが発見されたそうです。

さらに上の塗った層を検査したところ、フェルメールの制作後数十年経ったものであることがわかりました。つまりフェルメールが関与できない時代の誰かがキューピッドの絵を塗りつぶしていたのです。

修復作業では、顕微鏡を使いながらメスで丁寧に上塗りされた層を取り除き、キューピッドの絵を浮かび上がらせました。

実はこのキューピットの画中画は、1979年のX線写真と2009年の赤外線写真からすでに存在が確認されていました。じっさい修正前の画像でもぼんやりと絵の縁が透けてみえますよね。

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X線写真

これまでは画中画は、フェルメールが制作中に塗りつぶしたと理解されてきました。ちなみに、X線写真では、手前にあるカーテンも後から描かれたことも指摘されていて、もともとは画面の右側にガラス器を置いたテーブルが描かれていました。

これは、手前にカーテンを置くことで部屋の奥行きを表現しようとするフェルメールの狙いだと理解されています。

なお、手前にカーテンを置く効果は、当時から実際に飾った絵画にカーテンを付けて保護する習慣があることを利用し、絵画世界と現実世界の境界をあいまいにするだまし絵的手法としてよく使われるもの。フェルメールもおそらくそうした鑑賞者の「のぞき見」効果を狙ってカーテンを追加したのでしょう。

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レンブラント・ファン・レイン《カーテンのある聖家族

実は《窓辺で手紙を読む女》の作品解説では、この手前のカーテンに言及さえることが多いんです(個人的な体感値ですが)。たとえば僕が過去に編集した『フェルメールへの招待』(朝日新聞出版、2012年)の作品解説もそうで、むしろ白い壁が与える効果については言及されていないくらいです。

左側にある窓から差し込む光は、手紙を読み耽る女性だけでなく壁にも表現されている。光を変幻自在に描くフェルメールらしさが、この作品以降際立っていく。絵の手前にはカーテンとカーテンレールが描かれている。当時オランダの家庭では保護を目的に絵にカーテンをかけていたが、それが画面の前に実際にあるように描くことで、見る者を驚かせ、視線を集める仕掛けとして使っている。また、窓ガラスに映る女の顔まで丁寧に描かれていることにも注目したい。ほかの作品に比べて見下ろしている視点であるため、画家が立って描いたとする見方もあり、これをもとに画家の身長を算出したところ、165〜170cmだったとの結果も出ている。
――『フェルメールへの招待』(朝日新聞出版、2012年)より引用

画中画は、これまでの通説であるフェルメールが塗りつぶしたのではなかったことは驚きでしたが、一方でカーテンを加えたのはフェルメールだったことが立証(いまのところは)されたことは1つの成果だったのかなと思います。

また、これまでそれほどこの絵では余白があるから評価されているわけではないことを考えると、今回の修復があっても作品の価値は大きくは変わらないのではないかなと個人的には思っています。

「愛」を象徴するキューピット

誰がなんのためにこの画中画を塗りつぶしたのかは不明ですが、フェルメールがなぜキューピットの画中画を描いたのかは、ある程度推測ができます。

絵画には、そこに描かれる人物の属性(職業や性格、おかれている環境)を暗示するためにさまざまな小道具を一緒に描きます。これらは「アトリビュート(持物、じもつ)」と呼ばれています。たとえば、貿易の仕事をしている人物なら海洋画を描いたり、世界地図を描いたりするなどです。

窓辺で手紙を読む女》はこれまで女性が手紙を読んでいること以外に手がかりがなく、手紙の内容がどんな内容なのか、描かれているのはどんな女性なのか、まったくわからない状態でした。

ただ、実際はX線写真でキューピットの絵がかかっていることがわかっていたので、この絵は恋文を読んでいるのではないかという推測を前提にして(科学の手を借りてようやく)読み解かれてきました。

しかしながら、現代の多くの人たちは、「その情報のなさがかえってイメージを掻き立てる。さすがフェルメールの演出力はすばらしい」と感じてしていたわけですので、今回の修復の結果を知って、どこかバツの悪さがありますよね(僕ももちろんその一人)。

とはいえ、「愛」を象徴するキューピッドの画中画があることで、この絵の女性は恋文を読んでいることが決定づけられたということも言えます。その理解の上で、作品をもう一度見直すと、また違って作品が見えてくる。絵画はとても不思議ですよね。

ちなみにクピドの画中画は、同じくフェルメールが描いた《中断されたレッスン》にも同じ絵が描かれています(ちょっと暗くてわかりづらいですが)。

ダウンロード (2)

ヨハネス・フェルメール《中断された音楽の稽古
1660~1661年頃 フリック・コレクション蔵

講師と生徒の関係でありながら画中画のキューピットが、2人が恋仲であることを暗示しているわけです。

制作年代も近いこの2点、フェルメールが所蔵していた作品か、知り合いから借りていた可能性もありますね。

フェルメールの”本来の色”とは?

鮮やかに甦った《窓辺で手紙を読む女》ですが、フェルメールの作品の修復作業は、じつは他の作品でも行われていて、それによって鮮やかな色彩がよみがえった例がいくつかあります。

たとえば《窓辺で手紙を読む女》とよく似た構図の《手紙を読む青衣装の女》です。

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ヨハネス・フェルメール《手紙を読む青衣の女
1663~1664年頃 アムステルダム国立美術館

修復以前の画面からはかなり明るくなった例で、フェルメール特有のウルトラマリンのブルーが美しく光ります(修復前の画像を見つけられず比較できないのが残念です)。

有名な《真珠の耳飾りの少女》も1994年の修復で鮮やかに甦りました。

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ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女
1665~1666年頃 マウリッツハイス美術館蔵

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修復前

この絵にも実は修復によって現れた部分があります。口元の白いハイライトです。

向かって右の口元やや下に白い点がありますが、この点が過去の修復で塗りつぶされていたものを、修復に際して復活させています。意外とこの点が、効いているのが以前以後で比べてみるとよくわかります。

一般的に絵の表面には画面を保護するワニスという膜が張られており、これが経年劣化によってくすんできます。修復ではおもにこのワニスの除去をして、新しく塗り替え、現状以上の劣化を抑えることが目的になっています。

つまり、経年による汚れや完成後の加筆を除去することはしますが、オリジナルに手を加えることはありません。

今回も、フェルメールの意図を無視した改変ではないかと感じる方もいるかもしれませんが、修復現場ではあくまで完成当時の状態を出発点として、できるだけ劣化を抑えようとしていることを理解してもらえるといいかなと思います。

絵画は人生で大切なことをいつも教えてくれる

修復後に感じた大きな違和感は、「フェルメールらしい壁の空白があるからこそ、この絵の良さがあったのに」という点です。実は僕もそのことを思いました。フェルメールの良さがなくなってしまうなと。

しかし、本当にフェルメールの良さは「空白の壁」に代表されるような空間性なのでしょうか。

実際に「空白の壁」になっている作品は、修復前の《窓辺で手紙を読む女》のほかには、現存するフェルメール作品35点中(諸説あり)《牛乳を注ぐ女》と《真珠の首飾りの少女》、横20㎝ほどの小品《レースを編む女》《ヴァージナルの前に座る若い女》の4作品しかありません。

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フェルメールの全作品リスト《フェルメール展 公式ガイドブック》(朝日新聞出版、2018年)より。該当5作品にマーカーを付けてあります。

こうしてみると、むしろ画中画のない作品の方が少なく、修復前の《窓辺で手紙を読む女》が必ずしも”フェルメールらしい”作品と言い切れないことがわかります。

実際この35作品リストに今回の修復後の《窓辺で手紙を読む女》を当てはめてみると、それほど違和感がない。むしろ、修復前の空白の壁の方が流れとして違和感があるくらいです(これはあくまで僕の意見です)。

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ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女
1658~1660年頃 アムステルダム国立美術館蔵

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ヨハネス・フェルメール《真珠の首飾りの少女
1662~1665年頃 ベルリン国立美術館蔵

ちなみに、壁に画中画がない《牛乳を注ぐ女》と《真珠の首飾りの少女》にも制作当初は背景に地図が描かれていたことがX線写真から分かっています。今のところフェルメールが消したとされていますが、今回の例を考えると、「もしかしたらこの作品も」ということを考えてしまいますよね。

いろいろな可能性があるので、「こうである」と断定することは難しいことですが、少なくても現状観ている作品がそのまま画家が意図した作品であるかどうかは、本当にわからないという姿勢をもつことは過去の作品を考えるうえで、とても重要なことだと思います。

絵画は多くの事実を現代人に伝えてくれます。

窓辺で手紙を読む女》の修復結果から、はからずとも「真実とは何か?」を考えさせられる機会になりました。もしかしたら僕たちが観ている作品(または歴史的事実)は、100年後まったく違うものになっている可能性もあるということです。

今回もまたも絵画に教えらたなぁ

修復後の《窓辺で手紙を読む女》が
2022年1月に来日!

ちなみに今回修復された《窓辺で手紙を読む女》は、2022年に日本で見ることができます。なんともいいタイミングに驚きですが、注目の展覧会になりそうですね。

ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展
会期 2022年1月22日(土)~4月3日(日)
会場 東京都美術館企画展示室
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

これは楽しみだ~!

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明日は「Rock」。チャーリー・ワッツを偲んで。

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