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Food|ANTCICADAに行くと人間はずぅっと自然の一部だったことに気づかされる

2020年6月4日にオープンした「ANTCICADA」は、日本で初めて昆虫を食材に積極的に取り入れたレストランです。

コオロギを出汁や醤油、香味油に使ったラーメンがコロナ禍で話題になってご存じの方もいるかもしれませんが、コオロギラーメンはあくまでセカンドブランドで、本来は季節を表現するコース料理のなかで、ジビエや天然の魚介とともに、昆虫を食材として扱うレストランです。

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ANTCICADAには、2019年12月のオープン前に開かれたポップアップイベントに行っていたのですが、オープンしてからは初めて。11カ月ぶりの体験です。

その時のnoteでも書いたのですが、ANTCICADAは、食材至上主義の現在のレストランに対して疑問を投げかけると同時に、それまで「シェフになりたくて」料理を始めたのではなく、「自己表現の手段として料理が最適だった」という世代の登場でもあり、とても注目しているレストランです。

昆虫食」という言葉が独り歩きしすぎて、すぐにマウントをとってエンタメにしたがる旧来メディアから「ゲテモノ」的ポジションに追いやられてしまっている部分もあると思うのですが、じっさいに食べに行ってみるとANTCICADAの料理はまったく違う印象を受けると思います。

昆虫以外の食材を使うし、基本的には旨味と香りを重ねていくヨーロッパの調理技術がベースになっていて、肉や魚、野菜をおいしく食べに調理するのと同じように昆虫という食材をおいしく食べることに真摯に向き合い、挑戦しています。

きっと誤解の多いレストランだと思いますので、今回は秋のコースの全貌を紹介することで、「なんら珍しいことはやっていない」ANTCICADAを知ってもらえたらと思います。

全9皿からなる地球旅行のスタート

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ようこそ~スナック

ANTCICADAが世間に知られるひとつのきっかけになったコオロギラーメンは、大量の食用の養殖コオロギ(徳島県産と福島県産)を使用して出汁をとってます。その出汁を取り終わったコオロギを砕いて片栗粉とあわせて揚げたコオロギチップスがコースのスタートです。

チップスにふってあるのは、コリアンダー、チポトレ(南米のトウガラシ)、発酵させたマッシュルームのパウダーです。これによって香り、旨味がプラスされて満足感の高いスターターになっています。

コオロギチップス自体は、甲殻類(エビ)っぽい香りと旨味があって、臭みなどはまったくない、おいしいチップスです。

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ANTCICADAはアルコールかノンアルコールを選んでひと皿づつに合わせていくペアリングスタイルです。今回は、アルコールをベースに、ノンアルコールも少量出していただきました。

コオロギチップスに合わせたのは、アルコールはコオロギを使ったビール。ノンアルコールは、ジャスミン茶でコーヒーを淹れたジャスミンコーヒーです。コオロギチップスの香ばしい香りに、あわせていきます。

発酵家の山口歩夢さん(キッチンカーでオリジナルドリンクをお願いしました!)のペアリングは基本的に料理が主役で、料理に拡張性をもたせる合わせ方をされています。山口さんのやさしさが伝わってくるようで、僕はすごく好きです。

いっしょに行った方が「ペアリングがどれもロマンチックですよね」と言っていたのですが、まさにその通り。

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夕涼み~穴子、ざざむし、ズッキーニ

2皿目は、2時間蒸した穴子とズッキーニの料理です。ソースはざざむしという、清流に棲む虫が出汁として使われています。

フランスの伝統的な「ソース・ブールブラン」なら、生クリームやエシャレットといった食材をバターに加えて旨味を補うわけですが、それをざざむしの旨味に置き換えている、そんなイメージです。

ざざむしは、天竜川上流域(岡谷市川岸から駒ヶ根市の間に限定される)で、清流に棲む水生昆虫の幼虫で、長野県では古来食用とされてきました。

じっさいにソースとともに穴子とズッキーニを食べてみると、ひじょうに濃厚な旨味をもったバターソースになっていて、淡白な穴子をリッチにさせています。

ズッキーニの上に穴子が覆いかぶさっているのですが、その間にわずかにセージが忍ばしてあり、これがいいアクセントになっていてさわやかな前菜のひと皿になっています。

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コオロギ醤油のあそび方~シロカジキ、コオロギ醤油

続いては、1本でコオロギ482匹を使うぜいたくな「コオロギ醤油」を楽しむ料理です。この日は、岩手県の石巻からシロカジキが届いたということで、写真ではわかりにくいですが卵黄といっしょに(薄くスライスしたシロカジキの下に卵黄がある)、スポイトに入ったコオロギ醤油でいただきます。

塩と麹、コオロギだけで作った「コオロギ醤油」は、醤油よりも旨味はないですが、そのかわりキリっとした塩味と醤油とは違う、香ばしい香りが特徴です。醤油とは違う調味料として、たとえば魚醤を使うように、コオロギ醤油がひとつの選択肢になれる、きちんと個性のあるものになっています。

ちなみにこのコオロギ醤油は11/1からオンラインショップで販売されています。

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秋~かぼちゃ、蜂の子、小麦、パセリ

ちょうどうかがったのが10月でもあり、4皿目はハロウィンらしいカボチャのスープです。

きれいな色のスープはカボチャのほっこりとしたおいしさをまるごと閉じ込めたような安定感あるおいしさ。カボチャの種がアクセントになっています。

千葉県鴨川市の苗目のいろあざやかなハーブを混ぜながら食べます。

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途中で蜂の子の赤ワイン漬けを味変でトッピングしていきます。

蜂の子は、赤ワイン、黒糖、焦がしバターで強めに味がついているので、蜂の子の旨味と食感だけが伝わってきます。

シェフの白鳥翔大さんは、「蜂の子の佃煮を作ってもおもしろくない」と、あえてヨーロッパの食材を使った甘酸っぱいガルニチュールとして蜂の子をいかしているのがおもしろいと思いました。

カボチャのスープに入れても、カボチャのおいしさと、ハーブの力強い香りがあって、本来、生臭さがどうしてもでてしまう蜂の子を料理全体としてうまくマスキングしながら、カボチャのスープとして完成させていました。

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セミの気持ち

ANTCICADAのシグニチャーディッシュの登場です。

特注の容器には4カ所穴が開いていて、その穴にストローを突き刺して中の液体を飲みます。セミが樹液を吸う習性を疑似的に体験するひと皿です。

4カ所の穴はすべて液体を吸えるわけではなく、2カ所はストローがなかまで届かず、”樹液”を吸うことはできません。

オーナーの篠原祐太さんは「それが自然なんです」と笑って説明してくれます。

ちなみに、”樹液”の正体は、リンゴとセロリのジュースと発酵させた麦茶と昆布茶という2種類のジュースでした。

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つづけて甘酸っぱく味付けしたアブラゼミの幼虫の燻製が、葉っぱの裏に隠れるようにして出てきます。この提供方法のようにセミの幼虫は、葉っぱの裏に隠れて孵化を待ちます。土の中で6年から7年かけて成長し、孵化したのち、数週間でその生涯を閉じます。

今回のセミの幼虫は、ANTCICADAの近くの公園で獲れたものだそうです。

味は、ナッツのような香りがするのでアクセントとしての香辛料や調味料になりです。

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憧れのメキシコ~きのこ、イナゴ、モレ・ネグロ

コオロギラーメンの麺にもじつはコオロギのパウダーが練り込んだ特注麺だそうです。その麺を料理でも活用できないかということで考案されたのが、コオロギ面をのばして揚げたタコス生地です。

赤ワインビネガーにバナナ、パプリカ、タマネギなどを加えて作ったピュレ状のソースの上には、先日ANTCICADAのメンバーも一緒に訪れた茨城県の「七会きのこセンター」のはなびらたけがグリルしてのっていました。

さらにその上には、ANTCICADAの「食べものがかり」関根賢人さんが獲ったイナゴの赤ワインビネガー漬けが載っています。

タコスの本場、メキシコでもイナゴを使った料理があるそうで、そのオマージュでもあるひと皿。日本人になじみのあるキノコをたっぷり使っているので、異国の料理も安心して食べることができました。

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野性~鹿、イナゴ醤、タンポポ、モミの新芽

メイン料理は、長崎県対馬から届いたニホンジカを木の枝を差してBBQのようにして食べます。ソースはイナゴの発酵醤。エシャロット、トマトを加えていますが、基本的な旨味はイナゴの発酵醤ということなのですが、それを感じさせないしっかりと旨味があるソースで、対馬のいい意味で臭みのないきれいな鹿肉をしっかりと下支えしていました。

付け合わせは、タンポポとモミの漬物。これが野の香りがして、一気に鹿が棲む森の中へといざないます。

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これまでとこれから~コオロギ、ブナハリタケ

メインのあとは、〆のコウロギラーメン。ANTCICADAは、日曜のみ昼から夜までレストランではなくコオロギラーメン屋さんになります。

フタホシコオロギ」と「ヨーロッパイエコオロギ」という2種類のコオロギからとった出汁と、前述のコオロギ醤油、コオロギ麺、そして、コオロギの香りを移したコオロギオイルも使っていて、まさにコオロギのラーメンです。

この日の具は、山形県月山から採ってきた天然のブナハリタケ。これがまた香りがよくて旨味もしっかりあっておいしい。

素揚げした「フタホシコオロギ」か「ヨーロッパイエコオロギ」のトッピングが選べるということで、マイルドな旨味がるという「ヨーロッパイエコオロギ」をチョイスした。ちなみに「フタホシコオロギ」の方が香ばしさが強いみたいです(じっさいそう感じました)。

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タルト~洋梨、蚕の糞、金木犀

デザートは、洋梨と金木犀のタルトです。蚕の糞とマスカルポーネのクリームをたっぷり塗って食べます。

桑の葉だけを食べて育った蚕の糞なので、いわゆる糞臭さはまったくなく桑の葉の香り100%です。マスカルポーネと合わせた風味は、抹茶クリームのようなイメージで、和っぽく仕上がっています。

桑の糞のロールケーキとかおいしいそうと思うくらい、良い香りでした。

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茶菓子で、ソバの花のハチミツと花粉団子を。今回は、オープン前にANTCICADAが行っていたクラウドファンディングのリターンを利用していたので、1皿サービスをしてもらいました。

ちなみに花粉団子とは、ミツバチが蜜を集める際に花粉を体に付けて飛び回るわけですが、その体に着いた花粉を巣に帰るととれるそうで、そのとれた花粉を蜂の巣から取り出したものが花粉団子です。

1つひとつ香りが異なって、高級なホールのスパイス(香辛料のように辛みはないですが)や木の実を食べているように感じました。

昆虫食はゲテモノ食いではない

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見てもらったように「ANTCICADA」の料理は、昆虫の姿が見えるものも多少はありますが、基本的には食材や調味料のように扱われていて、「虫の姿のまま食べる」ようなことはほとんどありません(何かしら調理がされている)。

じっさい2皿目に出てきたざざむしのソースが、濃厚で旨味のしっかりとある味でフランス料理の食材を使っているといわれてもわからないほどおいしいので、「ANTCICADAは、おいしい料理を食べさせてくれる」という安心感を与えてくれているのもあって、その後にどんな虫を使た料理を出されても「食べたらおいしいんだから大丈夫」と、どんどんとANTCICADAの世界に入り込んでいけます。

あとは、シェフの白鳥さんが、ANTCICADAのチームに入る直前まで北欧にいたこともあって自家製の発酵調味料を多様しているので、全体的に塩味が丸くて深みがあるのが特徴です。

さらに今回は、スパイスやハーブもうまく昆虫とほかの食材を繋げる橋渡し的な役割を香りによって果たそうとしていて、そのあたりもモダンクイジーヌとの同時代性を強く感じました。

改めて料理は「おいしい」からスタートしないとどんなメッセージも伝わらないな、というのをつくづく実感させてもらいました。

また、食べ進めていくうちに、たとえばコオロギがエビのような香りがあるな、と感じるのですが、そもそも何で「思ったよりもおいしくて、エビみたい」という発想でコオロギをそもそも下に見ているのだろうという、疑問を持ったりもします。

エビが高級品のようになぜか認識していましたが、そもそも自然のなかでみて、エビもコオロギも優越はないわけですから、エビを食べて「コオロギみたいな味」と感じたっていいわけです。

ここまで昆虫を他の食材と同列に見て、ただただおいしく食べてほしいと考えているANTCICADAのメンバーを見ていると、いかに自分が人類至上主義の価値観で世界を捉えているのかが反面的に見えてきて、もっといろいろなものに疑いをもたいなといけないよなぁと感じます。

レストランを出て「おいしかった」と思うことは多いですが、ANTCICADAのように「人間と地球の関係ってなんだろう」というようなことを考えることはほとんどありません。まるで、映画や演劇、美術館や博物館を観終えた後と同じ感覚です。

冒頭で「自己表現の手段として料理が最適だった」と書いたように、篠原さんが率いるANTCICADAの5人が見る、人類至上主義ではない地球主体の多様性をもった世界の価値観を料理によって表現していることが、やっぱり素晴らしい。

レストランがもともとは「修復する」という意味から生まれたのですが、ANTCICADAはそのレストランの古典的な文脈とは、まったく異なる文脈で「人の感性を拡張させる」というテーマをもった新しいタイプのレストランだと思います。

このnoteを読んで、テレビの罰ゲームによって刷り込まれた価値観、偏見が解消されたら、ぜひおいしい料理を食べに行く選択肢にANTCICADAを入れてみてはいかがでしょうか? 

味と満足度は絶対に保証しますよ!

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明日は「Work」として13日から始める、伊勢滞在について書きます。



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