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映画「心の傷を癒すということ」感想

目に見えず、いつ自分に忍び寄るとも分からない恐怖。26年前に起きた阪神淡路大震災は、神戸の人たちに大きな「心の傷」を与え、いまだ癒えぬ傷を抱える方々もいる。主人公・安和隆(以下、安先生)のモデルとなった精神科医・安克昌さんは、震災が与えた心の傷に向き合い、現場で人々の心に寄り添い続けた。そんな彼の物語は、新型コロナウィルスという目に見えない恐怖が支配する今の日本社会において、「心のケア」の大切さを教えてくれる。

映画の魅力①安先生の人柄と人生

精神科医の安先生のもとには、様々な理由で心に傷を負った患者が日頃から診察を受けに来る。その一人ひとりに時間をかけて、ゆっくり心を開いていく。震災直後は仮設住宅となった小学校を回り、不眠症やアルコール中毒で苦しむ人にそっと声を掛け、不安を隠す小学生には同じ目線まで屈んで優しく話を聞く。包み込まれるような優しい語り口が印象的だが、それ以上に人を惹きつける安先生の人柄は「話さなくてもいい」と思わせるところだと思う。なぎ倒された高速道路、煙火に燃える街並み、「助けて」と叫ぶ隣人の悲鳴、震災の光景はあまりに衝撃的で、思い出すのも辛い。安先生はそんな痛みを無理やり引き出さず、相手の側に寄り添い続ける。根気強く心に耳を傾ける姿勢は、人と人の物理的な距離が遠くなるコロナ禍で、今まで以上に大切な事だと映画を観て強く感じる。

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人の痛みに寄り添える安先生自身も心に傷を抱えながら生きてきた。在日韓国人としてのアイデンティティに悩んだ幼少期、立身出世を願う父と対立した進路選択、精神医学に対する日本社会の冷遇。一つひとつが心の傷に違いないが、安先生はその傷を隠さず、自らの心に向き合い、悔いのない決断を重ねていく。そうして生きてきたからこそ、他人の心の傷が分かりケアできるのだろう。

また劇中における安先生の心の動きは、ジャズ音楽を通して表現されている。音楽に注目して観てみるのも違った面白さがある。

映画の魅力②苦境でも希望を見出そうする人間の尊さ

映画には安先生以外にも多くの魅力的な人々が登場する。ある看護師は震災直後から避難先の小学校で傷病人の手当てにあたる。避難民の男性は遊び場のない小学生のために校庭でキックベース大会を開催する。ある夫婦の夫は、地震の恐怖で眠れない妻のために、倒れるものが何もない原っぱに2人で訪れる。震災という抗いようのない運命に遭遇しても、希望を失わず協力して立ち向かう人間の強さ・尊さが彼らを通して伝わってくる。

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映画を観た後はドラマや原作となった本もどうぞ

安克昌さんは震災直後から治療に注力する傍ら、震災のリアルを内側から記録して新聞のコラムとして発信していた。そのコラムをまとめた本が1996年にサントリー学芸賞を受賞、そして震災20年目となった昨年にNHKでドラマ化された。本映画はNHKのドラマを映画用の尺にまとめた編集版である。映画を観て興味を持った方はぜひドラマや原作にも触れてみてほしい。


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