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「イスラエル人」として生きることを決めた「パレスチナ人」

※間違えて削除してしまったので再投稿です。

2018年11月に訪れたイスラエルに関する話題を、ゆっくりですが更新していきます.........長いけど興味深い話だと思うのでよかったら読んで.....

イスラエルに行ってとても刺激的だったこと。
それは、様々なアイデンティティと価値観を持った人の話を聞けたということでした。

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↑非常に美しいイスラエルの都市・テルアビブ

イスラエルとパレスチナで出会った人々

5日間の滞在ながら、現地で計5名(!)のガイドさんをお願いしたこともあり、本当に多くの人と話すことができました。

例えば....

・国民皆兵制をとるイスラエルで20歳そこそこの時、戦場の最前線に立っていたが、徐々に国のあり方に疑問を持つようになり、イスラエルとパレスチナの間で何が起きているのかを伝えるツアーガイドをしているイスラエル人の青年

・パレスチナ問題という矛盾を抱えていることは認めつつ、第二次世界大戦の傷ゆえに国のあり方を黙認している伝統的なユダヤ系イスラエル人

・高校卒業後、日本からイスラエルへ移住し、自らも兵役を経験したのちテルアビブの有名大学を卒業したイスラエルと日本の二重国籍の20代女性

・アメリカで暮らしていたが、ユダヤ人の母の死をきっかけにイスラエルの都市ハイファに引っ越すことを決意した60代のユダヤ人男性

・ユダヤ教徒の父とイスラム教徒の母の間で生まれた20歳のロシアンボーイ(彼は、ユダヤ教とイスラム教の聖地でもあるエルサレムに行っても何も感じなかったらしい笑)

等々..............

とにかくひとえに「イスラエル人」「パレスチナ人」「ユダヤ人」「アラブ人」と分けられる訳ではなく、同じ「イスラエル人」でも価値観が異なることが多々としてあるのだな、ということを身をもって感じられたというのが、かなり興味深かったのです。

(日本とイスラエルの二重国籍をもつ同世代の女性の方によると、イスラエルの人たちは家族や親戚でも一人一人が全く違う考えを持っていることが多々としてあるので、親戚同士で集まることがあると必ず政治の話をするらしい→彼女の家族はおそらくユダヤ系イスラエル人の家系だとは思うのだけど....)

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↑首都問題で揺れるエルサレム(路面電車が有名)

そんな中、特に印象的だったのが、パレスチナ自治区ベツレヘムにあるバンクシーのホテルから、テルアビブまで送ってくれたドライバーのAさんでした。

「移動の不自由さ」を感じながら暮らすパレスチナ市民

バンクシーホテルから数分の所には、チェックポイントと言われるイスラエル兵による「検問所」があります。そこでは、パレスチナ人は身体検査などを受けることも多々あり、朝のピーク時間には数時間待たされることもあるなど、イスラエルの「占領」に関するトピックの一つとして度々問題視されています。

今回私がパレスチナ自治区から出るとき、ドライバーのAさんはそのホテルの近くではなく、離れたチェックポイントの方から少し遠回りする方法を選んでいました。
なぜなら、ホテル近くのチェックポイントは常に混み合っており、通り抜けるのに数時間かかることもあるそうなのです....

ただし、そのホテルから少し離れたチェックポイントでも私の乗っていた車は特に何か中を確認されることもなくスルー。

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↑その少し離れたチェックポイント。高速道路の入り口みたいな感じ。

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↑常駐するイスラエル兵。

疑問に思った私は、なぜこの車は検査されないのか、検査される車との違いはなにか、と聞いてみると、
・彼の車は「イスラエルナンバー」のため検査されない
・「パレスチナナンバー」の車は基本的にイスラエル側には入れない
ということらしい。

実はそれぞれの車両はパレスチナナンバーとイスラエルナンバーで分かれており、
・パレスチナのナンバープレート→緑
・イスラエルのナンバープレート→黄色
となっています。

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↑イスラエルのナンバープレート
黄色地に黒文字で書かれている

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↑パレスチナのナンバープレート
白地に緑の文字で書かれている

緑色のナンバープレートをつけた車(=パレスチナナンバー)はチェックポイントで足止めされてしまうのだそう。

パレスチナ人でイスラエル側で仕事をしている人もいるということをその前のツアーで聞いていたので(以前自分の農地だった場所をイスラエルの「入植活動」によってイスラエル側に区切られてしまった=自分の農地が分離壁の向こうになってしまったなど)、そういった人たちはどうするのかと聞いてみると、
私を送ってくれたドライバーAさんの車のように、イスラエルナンバーのついた車に乗って仕事場へ行ったり来たりしているそうな。

ただ、パレスチナ人の方々はパレスチナ側に戻る時刻も決められているとのことで、チェックポイントによってその時刻までに戻っていないパレスチナ人がいると、Aさんのような送迎をした人に連絡が行き、その人が今どこにいるのか聞かれることもあるらしい。

イスラエル建国によって生まれた移動の不自由さというのは、パレスチナ人にとってのフラストレーションの一つに間違いなく、なっているよう。

「国」によって左右されるAさんのアイデンティティ

Aさんは、パレスチナ人の送迎も行うことがあるというように移動の不自由さを被ることはあまりなさそう。
なぜ彼はイスラエルナンバーの車を所有しているのか、彼のアイデンティティがどういったものなのか少し疑問に思っていたところ、自身の身の上を話してくれました。

彼はアラビア語を話すアラブ人。ただしヘブライ語も話せる。
(※ヘブライ語はイスラエル人の公用語でありユダヤ教徒の言語、アラビア語は中東全般で話されており、パレスチナ人及びイスラム教徒が一般的に話す言語。イスラエルではアラビア語を公用語から除外する法案が通るといった動きなどもあり、微妙な感じなのかな...)

そして英語もペラペラではなかったですが、私と同じくらいの日常会話レベルは話せる方でした。

Aさんの見た目はいわゆるアラブ人と言われてなんとなく想像するような顔つきの方ではなかったので、私の目から見て外見からでは彼の国籍やアイデンティティを予想することができませんでした。

彼は、今は「イスラエル人」としてのIDを持っているとのことです。
「イスラエル =ユダヤ教徒の国!シオニズム!」というイメージが前提としてあるので、ユダヤ教徒ではないアイデンティティの人の話を聞いたりすると、「あれ、イスラエル人ってなんだ......」と理解するのに「????」と何度かなってしまったのだけど、基本的には一人一人の持っているIDで対外的には判断されるよう。

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この写真、バンクシーホテルに付属するミュージアムにあった展示を撮影したもので、ちょっとブレブレで見づらくて申し訳ないのですが笑、
「イスラエル ・パレスチナ」に住む人々はこの5タイプのIDがあるみたい。
多分AさんのIDは一番右上の「Palestinian Citizens of Israel」になるんだと思います。
日本語でいうと、「イスラエルのパレスチナ系市民」・・・わけわかんないなって思うっちゃうんだけど、以下のWikipediaが理解するのに参考になりそう。

イスラエルのアラブ系市民とは、アラブ的な文化的・言語的ルーツ、およびアラブ的な民族的アイデンティティを持つイスラエル国の市民を指す。多くは自身らをパレスチナ人であると認識し、イスラエルのパレスチナ系市民を自称する場合もある。

イスラエルができる前は、「パレスチナ」だったわけで、そのナショナリティにこだわりたいゆえの「パレスチナ系市民」という表現なのかな。

ちなみにこのIDは全てイスラエル政府によって発行されています。その一方で「パレスチナ人」にはイスラエルの選挙への投票権はありません・・・

「イスラム教のことをそんなによくは思っていない。でもそんなことを言ったら殺されるかもしれない。」

Aさんは自分自身の暮らしやすさのために、イスラエル人としてのIDを手に入れたそう。イスラエル人としてのIDを手に入れた背景としては、彼の先祖が暮らしていた地域、そして彼の生まれた場所が今のイスラエルの土地になったためとのことでした。

「パレスチナ人みんながイスラエル人としてのIDを手に入れられる可能性があるの?」と聞いてみると、それは難しいとのことでした。
基本的には、birthplace(出生地)が重要視されるようで、ヨルダン川西岸地域やガザ地区の「パレスチナ自治区」で生まれた人たちは「イスラエル人」としてのIDは手に入れづらいらしい。

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↑パレスチナ・ベツレヘムの学校に通う少女たち
しっかり生きるのよ(ブレブレでごめんね)

また、彼は自身の宗教観についても話してくれました。彼はアラブ人ではありますが、キリスト教徒なのだそうです。いわゆるアラブ系キリスト教徒にあたるということですね。
彼の話しぶりからして彼自身がアイデンティティとして最も重きを置いているのは「キリスト教徒」ということなのかな、と思いました。

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↑パレスチナ自治区ベツレヘムにはキリストが生まれたとされる
聖誕教会があり、キリスト教徒にとっての聖地でもある

キリスト教徒である彼にとっては、パレスチナでのマジョリティであるイスラム教に対しても必ずしも良い印象を持っているわけではないようで、
タイトルに書いたように「イスラム教に対してすごくいい印象を持っているわけではないが、そんなことを言ったら殺されるかもしれない」とかなり強めな言葉を選んで話していたのが印象的でした。

言語についても「昔はキリスト教徒はアラム語を話していたが、今はほとんど使われなくなったのでアラビア語やヘブライ語を話している」というように、国のあり方によってキリスト教系パレスチナ系イスラエル人という重複的なアイデンティティを持たざるを得なかったゆえに、生きづらさを感じているのかな、と思わされました。

小さい領土の中で、ある意味でどこよりもたくさんのアイデンティティを抱えている人々が住み、訪れるイスラエルという国は色々な意味で刺激的で学びの多い国だな、と改めて思います。

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