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一畳の小屋

職場にあるランドリーの裏口の扉から外へと出ると、作りかけの小さな小屋があった。毎日そこを通り過ぎる度、これは一体なんの為に作られているのか気になった。
 
元大工の用務員のおじさんは、業務の片手間に何日かかけて一畳程の小屋を作っていた。その姿は、私が出勤前や昼休みに過ごす外にある秘密基地への通り道で見られ、そのおじさんの姿を見ると、懐かしいような悲しいような、不思議な気持ちにさせられた。工具の音が私の鼓膜を震わせ、木の臭いが鼻腔をくすぐる度、条件反射のように亡き大工の父を思い出させたのだ。
 
『何作ってるんですか?』
 
そう聞きたかったが、あまりにも集中して作業している様子だったので、邪魔は出来ないと声をかけられず時が過ぎた。
 
暫くして小屋は完成した。
それは何のための小屋なのか。そこにある木の扉を開けて確認する事もせず、私は一畳の小屋の横を日々通り過ぎるだけだった。謎は謎である方がロマンがある。外側から見れば畳一畳ほどの狭い空間だと想像できるが、中に入れば意外と広く感じるのかもしれない。いや、広くなくてもいい。狭い空間に籠るのも、冬眠した獣になりきれそうだ。
 
そんなどうでも良い事を考えながら小屋を通りすぎ、施設内に入ってしまえば業務の忙しさにその存在を忘れた。私は、必要な時だけその空間を想像しては、都合良く忘れるを繰り返した。
 
 
ある日のことだった。
元大工の用務員さんは、そこを通りかかった私を呼び止めると、「ちょっと見とくれよ」と小屋の扉を開き、中を見せてくれた。
そのスペースには、家庭用の新品の洗濯機と乾燥機が備え付けられてあった。
中身は気が抜けるほどに普通だった。
元大工の用務員さんは、それらを守る為の小屋を作っていたということだ。
 
「だれも使っていないんですか?」
「ああ。新品の洗濯機と乾燥機があるのに未だに誰も使わないんだよ。勿体ない」
 
その小屋に設置された洗濯機と乾燥機は、違う部署の者が使う為に買い与えられたものだと聞いた。しかしそれは一度も使われた事が無いという。
私たち特養のスタッフは、利用者が汚した衣類やシーツを家庭用の中古の洗濯機にてフル稼働させている。そういった汚れ物はランドリーにある業務用の洗濯機で『洗ってくださーい』なんてランドリーのおばさん達には頼めないのだ。フロア毎に汚れ物を洗う洗濯機を共有しており、手洗いした衣類を洗濯機が空くのを待ってから回している。つまり待ちの時間が大抵あるから、洗い上がるまでに時間を要するのだ。なのにも関わらず、一畳の小屋の中にある新品の洗濯機と乾燥機は誰にも使われないままポツンと孤独にあるのだ。
 
「使わないなんて勿体ないですね・・・」
「そうなんだよ。だからどんどん使ってくれ」
「別部署の専門のですよね? 私らが使ってもいいのかな~?」
「使え使え。空いてるんだから使わな勿体ないぞ。宝の持ち腐れだ」
 
元大工の用務員さんは、小屋の中のアイテムを説明し出した。普段物静かなおじさんだが、その時だけは楽しそうに解説してくれた。
出窓のようにある棚は、洗濯洗剤や柔軟剤を置くための物。だがそこには何も置かれてはいなく、空白だ。私はそこに、タブレットを立てかけられるなとふと思った。
 
「背の低いもんの為にこれも作ったぞ」
 
高い所に備え付けられた乾燥機を、背の低い者が手が届かなかったら大変だろうと、踏み台まで作ったと言う。木製の立派な踏み台だった。
背の低い私でもその乾燥機には余裕で手が届きそうだ。ぶっちゃけ踏み台なんていらないと思うが・・・。そう思いながら私は、元大工のおじさんが良かれと思って作った木製の踏み台が必要ないとは言えなかった。
土足で足を乗せるには勿体ない立派な踏み台。堂々とした佇まいだった。
私はその踏み台に尻を据えた。
これは踏み台ではなく椅子として使った方が良さそうだ。 
この椅子に座り、棚の上にタブレットを立てかけ、テザリングにて動画視聴。そんな妄想が一瞬にして広がった。
 
「この小屋、私の休憩場所にしてもいいですか? 木の臭いとか、とっても癒される」
 
私はこの畳一畳ほどの空間を自由に使いたくなった。強欲な私は、ここを秘密基地として独り占めしたくなってしまったのだ。
 
「おおう。いいぞ」
 
おじさんは、笑いながら許可してくれた。
 
「私、外のベンチで風が強い時とか寒い時とか、花粉がヤバい時とか、どうしても耐えられなかった時、ここで休憩します。ここにタブレット立てかけて、ここに座って・・・。私専用のシアタールームにしたい!」
 
おじさんは笑いながら、「おお。いいぞ。好きに使え」と言ってくれた。
 
「誰にも教えないでくださいね。相席とか私、絶対無理ですから」
 
「おう。誰にも言わん」
 
おじさんは、休憩場所として小屋を使うと言った私に、『まずは洗濯機と乾燥機を使えや! 』というツッコミはしてこなかった。
 
 
まだ私は、その一畳の小屋の中で休憩を過ごしたことはない。いつも通りの、屋外北側にある自然豊かな広々とした場所で、ウグイスの声に鼓膜を震わされ、少し冷たい風に吹かれながら木製のベンチに一人腰掛け過ごしている。
今はそこが落ち着ける場所だが、これから先、別の癒しの場所を求める時もあるのかもしれない。
 
私とおじさんにとって一畳の小屋は、洗濯機と乾燥機がある現実なんてどうでも良くて。それぞれに意味がある空間なのかもしれない。
 

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