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3つの急所

 私の身体には、3つの急所がある。
 うなじと耳と頭皮だ。
 その大切な部分を他人に触られようものなら、私はかなりの奇声を発してしまう自信がある。
 私にとっての急所を他人に触られるなんて事は、絶対あってはならない。その部分を守る自信はある。いつでも3つの急所を、本能が守ろうと勝手にリスク回避をしてくれているのだ。
 例えば、美容院。
 私の急所の1つは頭皮だ。でも、私は自分では髪を切ることはできない。しかしどうしても美容院へと行かねばならない時が来る。
 美容院選びは大切だ。私の急所の頭皮を触ってもらっても、心地の良い大丈夫な手の持ち主である美容師との出会いを、かつて何軒もの美容院をさまよって、ようやく2年前に行きつけの美容院と担当者を発見できた。
 私にとっての美容師探しは、ただセンス良く顔面偏差値を上げてもらえる美容師を選ぶことだけではない。その手が私の急所を触っても、私が自然となすがままに委ねられる事も選考基準となっている。
 その出会いを求めることは、とても難しい事なのだ。
 新規の美容院へと行った時は、まず、施術してもらう人を必ず「女性でお願いします」と言う。
 美容院開拓が好きな同僚は、「男性の美容師に施術をしてもらった方が可愛くなるよ」と言っていた。男性の方が、潜在意識が女性を可愛らしくしたいという気持ちが働き、かなりの顔面偏差値アップにつながるのだと言っていた。
 私はそう力説する同僚に、なるほどと思ったが、その意見を採用するつもりはさらさらなかった。
 私はコミュ障。担当者が男性だったなら、その施術時間は全身の毛穴が開くほどに居心地の悪いものとなりそうだ。それに、異性から3つの私の急所を触られるなんて有り得ない。美容院での施術中、もしも奇声を発してしまったらどうしてくれるのか。だから、私は女性の美容師で、私の3つの急所を触っても安心できる美容師を熱望したのだ。
 美容院での美容師ならば、3つの急所を触られても仕方がないと覚悟して家を出る。
 それぐらい、3つの急所は私にとって大切な部分。誰にも触れられたくない部分なのだ。

 今週は、人手不足により、私は5連勤を普段の2人分働いた。
 朝起きた時、1時間かけてやっと起き上がった疲れた身体は、職場では嘘だったかのように機敏に動けた。
 動かねばならなかったのだ・・・!!
 起きた時から疲れた身体は、まるで魔法でもかけられたかのように素直に動き、脳ミソも何手も先を予測しながらフル回転させていた。
 一日一日がとても濃縮された時間で、今週ほど今という金曜日の夜が待ち遠しかったことはないだろう。
 燃え尽き帰途についた私は、灰になりかけている身体をふるいたたせて夕飯を作ろうとした。心に少しも余裕はない。そんな時、娘が私のところへと駆け寄ってきて言うのだ。

「お母さん、目を閉じて」

 と。その瞳はキラキラとしている。
 正直、面倒くさかった。
 私はかなり疲れている。
 しかし、言われるがまま目を閉じだ。

 少しの間の後、急所の頭皮に、さわさわ~・・・という、この生涯体験した事の無い未知なる感覚に驚いた。ぶわーっと全身に鳥肌が立つ。

「ひゃあ~!!」

 私は奇声を発しながら腰が砕けて床に崩れ落ちた。

「なにすんの!! なになになにそれ!?」

 こんな疲れた私になんていたずらするのと娘を睨むと、娘と息子はキャハハと笑って変なアイテムを見せてきた。
 泡立て器のようなアイテムを持って、天使達が悪魔のように笑っている。
 泡立て器のようなそれを頭にぶっ刺すと、12指が頭皮を刺激して、なんとも言えない全身が鳥肌立たずいはいられない不思議な感覚を覚えるのだ。

「お母さん、これで頭皮を刺激するとストレス発散になるらしいよ!」

 と、息子が悪魔のように笑って言う。

「そんなもん、そんなのがストレス発散!?」

 確かに、それで頭皮を刺激されると、へなヘな~・・・としながら奇声と共に笑ってしまう。
 とても人様には見せられない奇声と爆笑をせずにはいられないのだ。

「友達にもらったんだ。本当にストレス発散効果があるらしいよ。面白いでしょ?」

 そう言って、
「ここらへんにやると、さらにクソ気持ち悪い・・・!!」
 と言いながら、そのアイテムで私の後頭部をワシャワシャと攻めてきた。

「ひゃ~!!」という奇声とともに、眼球が吹っ飛ぶぐらいの衝撃に私はもだえた。
 気持ち悪い感覚なのに笑いが止まらない。疲れているのに、ヒャヒャヒャ~と、笑いが止まらないのだ。
 このドSの私が、ドMになってしまうという不思議なアイテムに、まんまと魅了されてしまったのだ。

「確かにこれ、ストレス発散かも!!」

「でしょ? ハマるでしょこれ?!」

「気に入った!! これなら私の急所を許してもいいわ!!」

 私はその泡立て器のようなアイテムを息子から奪い、自分で頭皮に刺激してみた。
 自分で使っても、ひゃ〜!! と叫ばずにはいられない。
 なんだろう、この、百均でも売ってそうなチート的なアイテムは・・・!!
 もう感動しかない。
 私の頑なな急所の一つを無防備にさせてしまうそのアイテム。疲れ果てた身体と心は、これから夕食を作らなければならないという最後の緊張の糸を容易く切ってしまったのだ。

 もう、夕飯なんて、適当でいいじゃないか・・・。

 今週は、一日2人分の業務をした。だからってお手当ては据え置き。それを分かっていてやったのだ。精一杯悔いのないほどにやりきった。自分で自分を褒めてあげたいほどに頑張った・・・! やりきったのだ・・・!!
 金曜の夜ぐらい、適当でいいでしょ?

「今日のごはん、めっちゃテキトーでいい?」

 もう、テキトーの中のテキトーで終わらせたい。

「テキトーで全然いいよ~!!」

 息子と娘は、お互いに泡立て器のようなアイテムで攻撃し合いながら、テキトーを許してくれた。
 私の視線は、その泡立て器のようなアイテムから目が離せなくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 

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