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蛍のいない夜

 もう8月になっていた。
 今年も忘れてしまったよ・・・。
 
 実家に帰った私は、縁側に腰掛け、夕暮れの空を見ていた。
 その時、今更ながらに蛍を思い出し、残念に思ったのだ。
 
 実家の前の川には、毎年蛍が飛び交う。
 その年によって、たくさんの蛍が輝く時と、そうでない時の違いはあるが、どちらにしても、蛍がいる夜は幻想的で、時が止まったような気持ちになる。
 橋の上から夜の風景を眺めると、時間を忘れるほどに見入ってしまうのだ。
 私は子供の頃から、毎年蛍の季節を楽しんでいた。
 
 いまさら、遅いな・・・。
 もう、8月になってしまった。
 今年で、3回目の蛍の時期をのがしてしまった。
 去年も同じように後悔していた。
 なぜ蛍を見る事を忘れてしまったのか。来年こそは絶対覚えていなくては! と思いながら、ピーク時の6月は過去のこととなる。
 2ヶ月も前の蛍のことを、今さら思い出して切なくなるなんて、私はこの2ヶ月間何をしていたのだろう。
 頻繁に実家へは帰るというのに、なぜ蛍の世界を観ようとしなかったのか。
 忘れてしまったのか。
 
 すぐそこの橋へと行くだけなのに。
 玄関の扉を開けてみれば、光が転々と飛び交っているのが分かるのに。
 私は今年も、夜に外へ出てみようと思うどころか、忘れてしまっていたのだ。
 ここ何年か、なぜ蛍の時期を忘れてしまうのかを考えてみた。
 
 そういえば、3年前に父が亡くなる前は、蛍の時期になると、父が教えてくれていたことを思い出す。
『おい、見てみ、蛍が飛んどるぞ!』
 と。
 だから、毎年忘れずに蛍の世界を楽しむことが出来ていたのだ。
 ここ最近忘れてしまうのは、思い出させてくれる人がいなくなったからだということに気がついた。
 
 今夜は、外へと出てみよう。
 夜の中に、もしかしたらマイペースな蛍が取り残されていて、そこに寂しく輝いているかもしれない。
 それとも、1人で気楽に伸び伸びとして輝いているのかもしれない。
 今更遅いのかもしれないけど、確かめてみよう。

 どちらにせよ、今日は天気が良い。
 空を見上げれば、綺麗な月と、たくさんの星達が輝いているはずだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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