テレパシーが使えない世の中だから
約束事が苦手な私は、美容院の予約は当日予約を好む性分だ。しかしそんな我儘もいけないと少しはオトナになり、1週間前予約をしていた。
さあ、伸びてきた髪を程良く整えてもらおうとして行きつけの美容院へと出陣したのだが、その後の私の心の中では嵐が吹き荒れ、暴風警報は未だに現在進行形である。
私のオーダーの仕方がまずったのか……。
確かに髪を切られている時、私は一切口を開かずにいる。何かを問われれば応えるが、大抵施術中は瞑想時間として時を有効活用している。その日は双方一言も話をしないまま時は流れた。
施術後合わせ鏡で後ろ姿を見させられた時、これは悪夢なのか罰ゲームなのかと驚かされた。
なぜなら少しも私のイメージした髪型ではなかったからだ。例えるなら、別パラレルのイタズラ好きな私がオーダーした後、私がここの世界線へと召喚されてしまったのかと疑うほどに違っていたのだ。
私の口から出たオーダーは、8年越しの付き合いである担当美容師の耳には届かなかったのだろうか……。
確かにおかしいと思ったのだ。
下を向いてくださいと言われ下を向いたら、何故だかバリカンでウィーンとうなじを剃られた。私の大切な急所のうなじの毛をだ。
ここはヘアーサロンだよね? 私、床屋になんて来てないはずだよね?
不思議に思いながら、なぜここでバリカンが登場してくるのか、少しもまったく意味が分からない状況の中で私は、瞑想どころの話ではなくなっていた。
鏡越しの美容師さんに視線をやると、心なしか様子が焦っているように見えた。明らかにいつもの彼女ではない。
私、失敗しないので。
そんな毅然とした様子は見られず、彼女は珍しいアイテムを引っ張り出してきたのだ。
その名はストレートアイロン。
なぜ!? そのアイテム、縮毛矯正の時にしか出さない飛び道具じゃない。だのになぜ!?
やけにうなじがスースーして、そのスースーは普通じゃないスースーだと強い不安が押し寄せてきた。
私の瞑想時間は完全に終了した。心拍数が跳ね上がる。
なぜこんなにスースするの!? まさか切りすぎたの!? あなた、まさか失敗したの……?
そんな問いはテレパシーだけに留まらせた。
そんな流れでの施術後、合わせ鏡で現実を見させられた直後から、私の心は現在進行形で嵐が吹き荒れているというわけだ。
やはり私のオーダーの仕方が間違っていたのか。
言葉よりもテレパシーで伝えた部分が多すぎたのだろうか。
少しもオーダーにテレパシーを使った覚えはないが、私は知らぬうちに相手の受信能力に甘えていたのかもしれない。
直してもらおうにもこんなにも襟足ギリギリでパツっと切られては何ともならない。
『これ、罰ゲームですか……?』
なんて泣きながら言ったところでこの世界線は変えられないのだ。
このままでは散髪恐怖症になりそうだ。
でも今後自身の髪を自分で切るなんてできないし……。
ならば美容院を変えるか? いやいや、たった一度の失敗で8年越しの縁を切るつもりなのか私は。それはあまりにも心が狭すぎるだろう。
じゃあどうする?
どうすれば私は幸せになれるのか。
今回は私の伝え方、相手の受け取り方に誤解が生じたようだ。確かに私は『分かるでしょ?』と相手の受信能力に甘えてしまい言葉足らずだったのかもしれない。
ここでのエピソードだけでなく、日常生活のあちらこちらにそれはあるのかもしれない。
これを今日の学びとして活かしていこう。
でなければ、超コケシになったこの頭で月曜日から職場へと赴き罰ゲーム生活を強いられる私が浮かばれない。
幸い私は人の2倍か3倍以上早くに髪の毛が伸びる頭の持ち主だ。一ヶ月後にはそんなエピソードもアハハと笑える日が来るのだろう。
けれども今の苦しみは二度と味わいたくはない。
だからこれからは絶対に、人に思いを伝える言葉は時間を惜しまず面倒くさがらずに宝物のように大切にしていきたい。
そうこの身を犠牲にして勉強させられた。
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