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夏を感じるのだから、あるに違いない。

車のフロントガラスに衝撃音がした。
一瞬だったけど、蝉がぶつかってきたのだと確認した。その後その蝉はどうなったのかは分からないが、かなりの衝撃音だったから、今息があるのかないのか、知らない。

なぜもっと高い所を飛んでくれなかったのか。高く飛んでいてくれたなら、私の車にぶつかることなんて無かったのに。それか、まだ不完全な姿のままでいてくれたなら、こんな不幸は起きなかっただろうに。

自宅の駐車場に車を停めると、フロントガラスに張り付いた汚れをティッシュで拭き取った。

辺りからは蝉たちの鳴き声が聞こえてくる。 
特にその日は、耳について煩く感じた。

子供の頃、蝉の脱け殻が好きだった。
夏になると、宝探しをするかのようにそれを見つけては持ち帰った。
脱け殻の薄茶色の、少し前まではその姿で生きていた蝉の元の姿が、形を残して有ることが不思議で、どれだけでも想像を膨らませられたのだ。
この脱け殻の主は、蝉となって飛び立ち、今どんな楽しいことをしてるのだろう。
木に止まり、自分を捕らえようとする子供にオシッコをかけて「ざまあ!」と思いながら高く飛び立っているのだろうか。
そんな妄想をしながら、蝉の脱け殻を一つ二つと集めては玄関の棚の上に並べた。
 
私の大切なコレクション。
母も妹も嫌がって、捨ててきてよ。と言った。
この脱け殻の良さが分からないのか。と、私はコレクションをそのままディスプレイしておいた。

 
いつからか脱け殻を見つけても、家に持ち帰らずそこに置いておくようになった。
そこから抜け出て羽ばたく蝉でも、たまに過去を懐かしく振り返りたい時もあるのかもしれないから。

あそこの椿の葉っぱにある脱け殻、前のオレだぜ。あの頃は純粋に飛ぶことしか考えなかったな~。

なんて、無垢な過去にしみじみとして振り返られる脱け殻は、その場所でそのままにしておく方が良いのだと思った。
 
生えた羽を羽ばたかせたところで、この先何が起きるのか分からない。車のフロントガラスにぶつかるとか。そんな想定外の不幸だって、実際あり得たのだから。
 
羽ばたくことだけが目標だった不完全な姿の頃を思って蝉は泣くのか。残り少ない命に嘆くのか。それとも、やっと自由に飛び回れることに喜びはしゃいでいるのか。

癒されるわけでもない煩い蝉の鳴き声を強制的に聞かされる。
彼らには、何も無いままに終わらず、何かが有って終わって欲しい。
そう思いながら、蝉の声に夏を感じた。

 

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