一番じゃなくてもいいなんて
「音楽文」というサイト、知ってますか。
私も最近知ったばかりなんだけど、ロッキンオンが運営していて、一般の人が投稿した音楽関係のレビューを掲載しているサイトだ。
こういうのもあるんだ、と思って、とりあえず過去に書いたライブレポートやレビューをいくつか投稿してみた。
そうしたらなんと、ありがたいことに、星野源のライブについて書いた「幸福は音で伝播する」というレポートを、月間最優秀賞に選出してもらった。
そのメールに気づいたのは、会社にいる時だった。
トイレに行ったときに音楽文から届いたメールを見て、うそ、と声に出さずにつぶやいた。
“貴殿の作品を”
“8月月間賞最優秀賞に選出させていただきました。”
やった、うそ、うれしい、本当に?
語彙を失ってしまって、同じ感想ばかりが何度も頭の中をぐるぐるしながら、5分おきにスマホを開いてはそのメールを読み直した。
書いてある。ちゃんと。
うれしい。本当に、うれしい。
視線だけで擦り切れるほど何度も何度もその文字列を目で追った。そして気づいた。
私、人生で「一番」をもらったの、これが初めてかもしれない。
小学校の時通っていた塾はちょっと変わっていて、算数のテストで100点を取ると、懐中時計がもらえることになっていた。
今思えば、せいぜい1000円くらいのおもちゃみたいな銀色の懐中時計。
それがどうしても欲しかった。懐中時計が、というよりは、たぶん自分が、欠けることのない満点を取れた証が。
頭のいい友達なんて何度ももらっていた。1問4点の25問。私も96点までは取ったことがある。
でも結局最後まで100点は取れなくて、懐中時計は私のものにはならなかった。
テストの点だけじゃない。
中学の時、演劇でどうしてもやりたかった役はオーディションで選ばれなくて、その劇は観に行けなかった。
小説の賞だって何度か投稿したことがあるけど、箸にも棒にもかからなかった。
そういえば、卒業アルバムなんかでよくある「〇〇な人」でさえ、1位に名前が入ったことはないかもしれない。
記憶のふたをひとたび開ければ、無数にあふれでてくる「選ばれなかった」あれこれ。
反対に、選ぶ立場だったこともある。
私は漫画の編集をやってたのだけど、漫画賞なんかが開催されれば、私は「選ぶ側」だ。
膨大な数の作品が応募され、そのほとんどがふるい落とされる。消える作品の数が多すぎて、その過程はもはやドラマチックでも、残酷でもない。
「選ばれる」と「選ばれない」の差は、時にほんの紙一重だ。
その場にいる選考者の一人でも好みに合うかどうか。そんなちょっとした運やタイミングで、簡単に明暗は分かれるのを見てきた。
「選ぶ側」に立って次々と作品が消えていくのを見ながら、あれは私だ、と思った。
無数の「選ばれない」の前で、感情の回路は切る。まともに受け止め続けたら狂ってしまう。
*
大会に挑むアスリートが言う。
“一番きれいな色のメダルが欲しい”
そんなこと言えなかった。
選ばれなかった記憶が多すぎて。
選ばれることを望むことさえおこがましい気がして。
ありきたりな歌が歌う。
“一番じゃなくていい”
癒されたくて、そんな歌を探しては聴く。
そりゃそうだよ。だって、一番の人以外全員一番じゃないんだもん。
一番じゃない人のほうが圧倒的に多いんだもん。
世の中が必要としているのは「一番になれ」という発破じゃなくて、「一番じゃなくてもいい」という優しい処方箋だ。
この世には選ばれるものと選ばれないものがあって、そして、選ばれるもののほうが圧倒的に少ない。
その当たり前の事実に順応して生きていくために、私はその薬を飲む。
定期的に服用しなきゃ狂ってしまう。
でも、そのメールの文面を見たとき、麻酔から醒めたみたいな気持ちで思ったんだ。
やっぱり私、一番きれいな色のメダルがほしい。
小さな一番だ。年に12回もある月間賞。
それでも「選ばれた」。
やっともらった「一番」。
一度与えられたそれが、しまっていたはずの欲望のふたを開く。
「一番じゃなくてもいい」なんて言いたくないよ。
だって、そう言ってしまったら、もう悔しがることさえできない。
私は言葉で選ばれたい。
自分の中にあるたくさんの欲望に全部順番をつけて並べたら、それが一番上にくる。
クリスマスツリーのてっぺんにある星みたいに。
ひとつしかないそれを、ちゃんと「ほしい」って言いたい。
私はこれからもずっとずっと書く。だから、どうか、私の書いたものを読んでくれませんか。
つまらなかったら捨て置いてください。
でももし良いと思ったら、おもしろいと、好きだと思ったら、それを伝えてくれませんか。
この人の文章いい、って少しでも広めてくれませんか。
顔も知らない誰かの声ひとつが、私の背中を押す。
小さな、でもきれいな色の一番を握りしめて、これからもてっぺんに向けて手をのばすから。
ハッピーになります。