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ひとつにはなれないあなたと

「男バスの人ですよね?」

私が彼に初めてかけた言葉は、たしかこれだったと思います。
仮入部中のバスケ部の練習試合に行った朝、駐車場にある大きな石碑の前にちょこんとしゃがむ、同じ学校のジャージを着た坊主頭の男の子に声をかけました。
実際立ち上がるとそんな事は無かったのですが、細くてジャージに着られている感じが、私より小さい人のように見えたのを覚えています。

「あ、はい」
「体育館、あっちですよね?」
「(こくりと頷く)」
「先輩達ってまだ来てない?」
「うん」
「じゃあ、ここで待ってればいいかな?」
「たぶん」

スポーツバックを足元に置いて、彼とは人3人分くらいのスペースを空けて待つことにしました。
なんとなく手持ち無沙汰で、
「入部届ってもう出しました?」
と話しかけたけど、例のごとく「うん」とか「すん」とかそんな返事しか返って来なかったので、それ以上は話しかけませんでした。

それが高校1年生の春のことなので、今からもう10年前のこと。


先日バスケ部の顧問だった私たちの恩師に、入籍の報告をしました。
恩師に久しぶりにもらった「2人なら力を合わせて乗り越えられるでしょう」という言葉と、その数時間後にリリースされた星野源さんの新曲『不思議』を聞いて、私が恋をした彼とのことについて書いてみたいと思ったのです。


私たちは同じ高校のバスケ部に入部しました。
田舎の山の上にある、校庭に野うさぎが出るようなところ。
体育祭はない代わりに球技大会というのがあって、毎年とても盛り上がった。漫画の中に出てくるような学校です。

夜練が終わってからのシューティング。
1人また1人と帰宅する中、いつも最後まで体育館に残っているのが私と彼でした。
特になにを話すでもなく、別々のリングに向かってひたすら黙々と自主練習。
体育館を出る時刻になると、何となく2人で戸締まりを半分ずつ行い、鍵を返し、各々の部室に帰り支度をしに行く。
その時間にはもう先生方以外はとうに帰っていたので、学校はすごく静かでした。


なにがきっかけだったか、いつからか私たちは駅までの道を並んで歩くようになりました。
なんとなく毎日一緒に帰って、なんとなく今日の練習のことや次の試合のことなんかを話すようになりました。
バスケのこと以外は本当に何も話さなかった(たまに話題を振っても、「うん」とか「すん」とか言ってかわされていた記憶があります笑)。

他の人の分まで片付けをしたり、道端に落ちているゴミを拾ったりするような人だったので、夜道を心配してくれているのだろうと、一緒に帰るようになったことは特段不思議に思っていませんでした。
実際に当時の彼は、私のことを特に何とも思っていなかったと思います。


こんな風になんとなく距離が近くなって、なんとなくいつの間にか好きになって、彼の話を聞きたいと思うようになりました。
夜が終わり、朝が始まる時の空のグラデーションのような形で始まった私たちが、今日まで一緒に居続けるにはもちろんとても「なんとなく」だけでは行かなかったわけですが、なぜか、とても不思議だけれど、どんなに相手との違いを感じても、やはりそばに居たいと願うことは変わらないのでした。


何事もはっきりとしておきたい私と、ふわっとゆるやかに物事を区分けできる彼。
善意を惜しみなく与えられる彼と、そういったものは決めた時にしか使わないと決めている私。
いとも簡単に不安に呑み込まれる私と、考えてもどうにもならん!と言い切れる彼。
嘘をつくのが上手い私と下手な彼。
トマトは何もつけずに食べたい私と、マヨネーズをつけるとおいしいよという彼。
何もかも本当に全然、違う。

だけどこれが恋とか愛とかなのか、それともやはり私たちはいまだに「なんとなく心地良いから」という理由なのか、今日も一緒に生きて居ます。
別々に生きてきた人と人が、望んで一緒に居るというのは、本当に不思議なことで。
そんな事しなくても良いとも思うけれど、短く長い地獄を生きていく時にそんなことがあっても良いかもね、とも思います。

私たちは、決してひとつにはなれないまま。
全然違う生きもののまま、それでも好きを伝え合う不思議を享受しながら生きていく。
ずっとずっとこれから先も、心地の良いばらばらのまま。



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