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【復活記事】『サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-』 総括感想


☆シナリオ(45/50)

☆キャラ(33/40)

☆その他(10/10)

☆総括(88/100)

 プレイ時間は約40時間。圧倒的な作品力を持つ偉大過ぎる作品。文句なしの100点を点ける方もいらっしゃるでしょうし、80点以下を点ける方がいらっしゃっても納得です。本作はそれくらいコアな層に、魂を賭けて訴えかけるものを感じました。作品ポテンシャルは95点を超えます。私自身、本作をどのように「評価(という生意気な言い方になるのをお許しください)」すればよいのか迷いました。迷った日数はおよそ三日。結果、88点という私としては最大級の点数を点けることにしました。その理由を何卒以下から読んでいただければと思います。

〈注意 この先ネタバレを含みます〉



☆作品紹介

 2015年10月23日に発売された『サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-』から約8年。2023年2月23日、暦上の立春(2月4日)を少し過ぎた頃に発売されたのが、本作『サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-』です。その発売には界隈が震えたのを覚えています。あまりにも長くの間、『サクラノ詩』Ⅵ章より先の物語が望まれていた。『サクラノ詩』Ⅵ章はそれ単体で完結してこそいますが、やはり続編が出るとなると、期待は数段上がります。

 私も本来であれば発売日に購入するのが筋でした。しかし怖かった。正直、私に『サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-』は合わなかったのです。私は『サクラノ詩』に75点。シナリオ40点、キャラ27点、その他8点という点数を点けています。以上から分かるように私は『サクラノ詩』の登場人物の行動、キャラクター性、描写の仕方、Hシーンを受け入れ切れなかったのです。これはある意味私の責任でもありますが、結局のところ、登場人物や物語を理解できなかったのです。私は創作物において最重要項目として「分かりやすさ」を重視しています。物語を読者に届けるためには何よりも理解させることが重要であると思います。その点が明確に『サクラノ詩』には不足している。正直、SCA-自先生に対する期待が大き過ぎました。SCA-自先生なら私達に分かりやすく物語を描いてくれるのではないかと。そんな希望がありました。しかし結果的に『サクラノ詩』では登場人物達に、芸術の何たるかについて引用過多で語らせ、不自然に小難しい文章になっている。そこに対して私は大きな抵抗を抱いたのです。

 閑話休題、以上が、私が『サクラノ刻』を発売日に購入しなかった理由です。しかし発売されて、断片的に評判を伺うと、どうやら私の期待に応えられる文章が読めるのではないか、という評判でした。周囲の友人、知人が『サクラノ刻』を絶賛していました。私は正直怖かったです。またあのように難解で意味不明とも言える文章を読むのか、と。しかしそこには友人、知人の後押しという希望もありました。結果、発売から約1年後にプレイを開始するに至ります。

 さて本作は私にどういう印象を抱かせてくれたのか。存分に語るとしましょう。


☆シナリオ(45/50)

 サクラノ刻は、詩となる。


〇章の構成が上手い

 最初に本作の章構成が上手いと感じたことから述べます。本作は構成面で『サクラノ詩』に続く、物語としてほぼ完璧だったと断言します。

 気になったのはⅠ章とⅡ章の順番でしょうか。正直、Ⅰ章は、最後まで読み終えた今は、いえ、今だからこそ掴みとして弱いと思います。本作は草薙直哉の物語であることを示すために、本作は本来、Ⅱ章から開始するのが適切だったのではないか、と思ってしまいました。実際、Ⅰ章を読んでいた私は物語から置いてきぼりを食らった感覚がしました。同時にⅠ章は『雪景鵲図花瓶』にまつわる一連のエピソードを含みます。ゆえに物語の最終テーマである芸術に関する観念論に深くかかわってきており(所謂、本物の「芸術」とは?という話です)、SCA-自先生はそのメッセージをインパクトとして与えたいからこそ敢えて批判覚悟でⅠ章に本エピソードを置いたことには理解を示します。しかし私は物語の掴みが本作Ⅰ章では弱いな、と感じてしまいました。

 その上でお伝えしますが、本作のⅠ、Ⅱ章以外の構成は物語上、完璧と言えるでしょう。特にⅣ章、夏目圭の物語の挿入タイミングは極めて良かったです。Ⅲ章という長大な物語を読んだ後にⅣ章のような爽やかな物語を置くこと。今後のⅤ章で夏目圭という存在がどれだけ、直哉にとって大きかったのかを示すのに相応しい章だったと言えるでしょう。極めつけはⅤ章です。物語における瞬間最大風速を、最大のインパクトを、最後に置き、演出で補完する。大衆娯楽としてこれほど優れた物語はありますか?私はⅤ章最後であまりにも大きな感情で一杯になってしまいました。

 総じて本作の構成はエンターテイメントとして明確に優れていると言い切ることが出来ます。起承転結、序破急、緩急といった面で文句のつけようがほぼありません。その点を踏まえてそれぞれの章を見ていきましょう。


〇Ⅰ章「La gazza ladra」

 『サクラノ詩』Ⅲ章「PicaPica」の補完シナリオです。正直、私はⅠ章のインパクト不足に関しては違和感を持っている側です。しかし物語としてはとても納得できました。中村麗華と鳥谷静流、その歪んだ、けれども確かな友情劇。一時は破綻しますが、その交わりは深く、複雑です。

 本章では主人公、草薙直哉はほぼ登場しません。そこをどう捉えるかによって本章の印象は変わります。私もプレイ当初は早く、直哉の物語が読みたいと展開を急いてしまいました。しかし、思い返せば本章は必要だったと確信しております(Ⅱ章との挿入タイミングについては前述した通り、大変疑問なのですが)。『雪景鵲図花瓶』を巡る一連の事件は本作のターニングポイントです。したがって、挿入タイミングについてはともかくとして、鳥谷静流というキャラクターは重要であると言えるでしょう。


〇Ⅱ章「Картинки с выставки」

 本作を18禁ビジュアルノベルとして見た際の共通√に当たるお話です。完璧な出来と言って良いでしょう。満点です。『サクラノ詩』のⅡ章も極めて高い完成度でした。しかし超えたな、と思いましたね。

 本章の何が素晴らしいかというと大きく分けて二点あります。一点目が教師という職種に対して大変リスペクトがある点。二点目が片貝や藍との晩酌のシーンの意味です。

 一点目ですが、私は教師ではありません。しかし教師という職種の誇りとやりがい、学生を育てることへの心意気と適切な態度というものが今まで読んできたビジュアルノベルの中でもトップクラスに伝わってきました。夏目圭という呪縛に囚われていた直哉の再生には学生という新しい光が必要だったという解釈も大変納得できましたし、もう何といって良いやら。何より、咲崎桜子、栗山奈津子、氷川ルリヲ、川内野鈴菜、恩田寧、柊ノノ未という新弓張美術部の結成劇には感動しました。一人の人間(直哉)の復活劇をエンターテイメントとして見た場合、ここまで感動的に描写できるのは他にないでしょう。

 二点目ですが、片貝と酒を飲むシーンや藍との晩酌です。SCA-自先生にアルコール描写をさせたらもうどうなることか。これらの描写の全てが社会人である私(達)自身に深く、深く突き刺さりました。「酒はいいね」です。登場人物の本音を語らせるのに酒という小道具を使う描写は創作物に付き物ですが、まず大多数が学生の18禁ビジュアルノベルではなかなか取られない手法です。もう一生着いていきますとしか言えません。酒は良いです。

 極めつけはOPテーマ『刻ト詩』を流すタイミングは神がかっていました。これはSCA-自先生が演出、ディレクターを兼任し、シナリオとともに入念に準備したからこそなのでしょう。まさに文句のない、完璧なOPへの入りでした。言うまでもなくOP曲も会心の出来です。本当にこの章がⅠ章であれば、と悔やんでも悔やみきれません。

 総じて欠点が全く見当たりません。私が本作で最も評価している章です。大好きですよ。

〇Ⅲ章「Night on Bald Mountain」&「Der Dichter spricht」&「kibou」

Ⅲ章はいよいよ個別√です。まずは「Night on Bald Mountain」。本間心鈴と鳥谷真琴の個別√らしく彼女達を中心に物語を展開する…かと言うとそんなことはなく、恩田寧と本間心鈴の即興絵画勝負が見所です。本章では「芸術の理解」について、深掘されます。「芸術の何たるか」「真なる才能とは」がテーマです。そして、テーマに対するメッセージが寧と心鈴の絵画勝負を経て、「芸術の真の理解には哲学・教養・知識、他の教養が必要」というものでした。本当にその通りですし、このメッセージは同時にSCA-自先生から私達、プレイヤーに与えられた命題でもあると考えました。「芸術」、ここではビジュアルノベルですね。その理解にも知識が求められるがプレイヤーはどうか、とSCA-自先生自身に問いかけられているように感じました。確かに知識は必要です。今まさに私が行っているように作品を「感想(批評ではないです)」という形で発表する者としてはここまで教訓深い言葉もありません。深く噛締め、今後の感想活動に生かします。一方、私はビジュアルノベル等の大衆作品には一定以上の分かりやすさが必須であると考えています。ビジュアルノベルはあくまで「ゲーム」、娯楽なのです。そこを混同してはいけません。SCA-自先生もそこを混同してはいません。事実、作中で長山香奈との飲み会を通じて、偽物か本物かも分からない者(凡百のプレイヤー)こそが真の幸せを掴んでいるのではないかと示唆しています。こうしたSCA-自先生のメッセージも考慮し、楽しく読めました。

 「Der Dichter spricht」(心鈴の章)では、心鈴の可愛らしさがピックアップされていました。一般の大衆ビジュアルノベルだなと感じましたが、そこがいい。この段階では心鈴の可愛らしい場面が見たかったのです。直哉と心鈴。教師と学生の禁断の恋愛というのもオーソドックスではありますが、非常にテーマとして分かりやすく、読みやすい印象を受けます。直哉の恋愛観も非常に丁寧に描写され、心鈴とのドタバタラブコメディも大変楽しめました。本作の中で最も18禁ビジュアルノベルであったなと感じるとともに、私の好むところであります。大変に満足しました。

 続いて「kibou」。こちらは鳥谷真琴の個別√です。こちらは残念ながら少しばかり真琴との恋愛描写が雑、というか短く感じましたね。真琴の登場シーン自体が本作では少ないので仕方ないのですが、恋愛ゲームとしては、途中まで身体だけの関係のように感じてしまい、直哉の恋愛観と合致せず、展開が急に感じました。というのも本筋である鳥谷静流と本間麗華の和解に至る道程も話に組み込まなければならず、やむを得ない処置であるとは理解しました。ゆえに私は本章で本作の評価が大きく落ちたとは考えていません。さて、本筋以外で私が感銘を受けたのは、地味ながら直哉と真琴の社会人としての価値観の形成です。この価値観の共有は地味ながら、弓張美術部時代から明確な変化を描いており、個人的に大好きであったりします。真琴もアラサーの女性ですし、社会経験を積んだ尊敬出来る人間です。社会人における「友人」との距離感を語るシーンは現実世界とマッチしており、多くのプレイヤーに刺さったのではないかなと推測します。極めつけはラストの告白&プロポーズです。ベタながら押さえるところは押さえる、SCA-自先生らしい終わり方と言えます。真琴の気持ちになって考えても、大変感動的でした。

 総評、Ⅲ章は恋愛劇として非常に完成度が高く読み応えがありました。

〇Ⅳ章「Mon panache!」

 夏目圭の物語。その終着点に向けて。正直、ここまで私は夏目圭という男を理解しておらず、ある種舐めていました。まさかこんな過去があったとは…今までの謎が解き明かされて、まさに「回答編」の名に相応しいです。何より、この物語をⅣ章に挿入したのが流石としか言えません。プレイヤーはⅢ章の恋愛劇で多少、飽きが生じてきます。これは本作が悪いわけでは決してなく、どうしてもビジュアルノベル全般が抱える弱点です。所謂恋愛劇のマンネリ化ですね。しかし本章ではそのマンネリ化を打ち破るかの如く、Ⅳ章で全く別のエピソードを挿入し、プレイヤーの飽きを回避しています。

 それを踏まえて本編を考えると夏目圭がどれだけ直哉に大きな感情を持っていたかが痛いほど伝わりました。本来、この感情を持っているのは(例え傑作と呼ばれる種類の作品も含め)凡百のビジュアルノベルであれば、メインヒロインであるはずなのです。しかし本作では男性キャラクターにフォーカスし、圭の人生をひたすら純粋に追い続けます。感動しないわけないですよね。Ⅳ章は、特に本編で重要要素のほとんどが語られていますので、私から言えることはこの程度です。

 加えてⅣ章最後の演出も憎いですね。まさかOP曲である『刻ト詩』のFullをここで流すか、と思いました。恐らく誰もが感じるでしょうね。それだけ圭という男性キャラクターが重要だということですよ。以下のⅤ章でも圭を目指して直哉が駆ける物語です。今なら言えます。圭という人物に丸々一章使って下さり、スタッフの方々、本当にありがとうございました。

〇Ⅴ章「D'où venons-nous ? Qui sommes-nous ? Où allons-nous ?」

 さて、問題のⅤ章です。正直、私は本章の評価(という生意気な言い方になることをお許し下さい)に未だに迷っています。というのも良い点と悪い点が大き過ぎるのです。まずは悪い点から語ります。

 悪い点ですが、ファンタジー要素の多用、新美術部員がほぼ登場しない点、芸術家上げがいくら何でも大き過ぎて、Ⅱ章のテーマとズレが生じている点です。

 まずファンタジー要素。私は『サクラノ』シリーズを一応、伝記要素もある作品であると解釈しています。しかし、最重要な最後の最後の勝負の場で、直哉が伯奇の夢水を使用したことに関しては全力で疑問を述べます。無論、伯奇の夢水は命懸けで使用していましたし、その覚悟自体がしっかり伝わりました。感動もしました。しかし、ここでファンタジーに頼るか、と些か以上に納得できなかったのですよ。直哉の覚悟をファンタジー要素で台無しにされた、という印象を持ってしまいました。直哉本人の力だけで解決して欲しかった問題を全てではないにしろ、ファンタジー要素に投げかけられてしまった感覚ですよ。悔しいです。

 二点目。せっかくの見せ場であるのに、新美術部員がほぼ登場しない点です。こちらは構成の問題なのですが、あれだけⅡ、Ⅲ章で教師であることの誇り、学生と過ごす時間の尊さを説いていたのにも関わらず、最後の最後、直哉のピンチで新美術部員、特に寧を登場させなかったのは物語の完成度として流石にどうなんだと指摘せざるを得ません。

 三点目。最重要な要素として、Ⅱ、Ⅲ章で「美術教師」として再生し、人生を立ち直らせた直哉。彼に対し、本編の「芸術家」達(御桜稟、長山香奈、氷川里奈、坂本等)が芸術家の素晴らしさ、それに対する教師の(芸術的な側面での)儚さを説くかのような描写が見受けられる点です。ここは流石にSCA-自先生にその描き方で本当に良いのか?と問いたくなってしまいました。直哉は折角美術教師として再生し、人生を立て直そうという場面であるのに、結局「芸術家」として稟達に立ち向かいます。私はそこ自体に大きな疑問を抱きました。一応、主張しておくと、私は、職業に貴賎なしの前提として、創作物で、特定の職業に実力付けをするのは流石に違うと考えます。しかし『サクラノ刻』では「芸術」という名において、教師という安定(作中の表現です、実際とは異なります)を優先し、芸術家の道をある種、捨てた直哉が芸術上、価値無き者であるかのように描写している気がします。そう感じたのは私だけでしょうか。あまりにもデリケートな部分に踏み込み過ぎなのです。総じて、Ⅱ章のテーマである「教師としての再生」とズレ過ぎており、物語の終盤で致命的に感じてしまいました。このような感情を持った時点で、私の中で本作は傑作ではないなと感じてしまいましたよ。それくらい大きく気になった点なので記しておきます。ご不快になった方がいらっしゃれば、本当に申し訳ありません。

 さて、一方の良かった点。それはこれまでのキャラとの協力、そして演出です。Ⅴ章の終盤、直哉が会場に向かう場面でこれまでのキャラクター(トーマス、藍、明石等)が協力してくれる展開。ベタながら、素晴らしいという他ないです。私はこういった少年漫画のようなオーソドックスな展開は大好きです。したがって本作の「協力」というテーマは楽しんで読むことが出来ました。

 芸術家同士の真剣勝負を即興絵画勝負にするというのも、エンターテイメントとして優れていると感じます。特に私が好きな長山香奈が活躍し、「凡人」の究極に挑戦してくれたことには感服しましたね。こういった展開が見たかったです。彼女が凡人ながら、里奈、直哉に食らいつく様はまさに手に汗握りました。素晴らしかったですし、長山香奈という超人気キャラを輝かせる最高の場面を用意してくれたな、SCA-自先生、と心の中で小躍りしました。

 最後の良かった点。それは演出です。これもSCA-自先生をはじめスタッフの方々の努力の賜物かと思いますが、まさか作中の勝負中の全絵画を見ることが出来るとは、感無量です。さらに曲の力です。こちらもあまりにも偉大でした。『櫻ノ詩』を流すタイミングも本編で最適解です。もう感動しない方がおかしいですよ。最高でした。

 以上です。正直、良い点、気になった点があまりにも大き過ぎて今でも決着はついていません。しかし一言言えるのは、スタッフの方々に「最高の章をありがとうございます」。

〇Ⅵ章「櫻ノ詩ト刻」

 最終章です。エピローグとして何も言うことなしですね。文句なく美しかったです。

 まず私は片貝の登場、ピックアップに驚いたと同時に、感動しました。流石、SCA-自先生。片貝という大切な飲み友達を見捨てていませんでした。彼の努力を拾ってくれたことに感謝を。私は常々言っています。片貝という学生時代のさもない友人が意外と重要な位置にいるのが、『サクラノ』シリーズの良い所であると。あんなにも輝いていた学生時代の、本当に大切に続く人脈とは、意外と身近にあるものだと。そこには、真剣に憧れますね。

 そして、藍、何より夏目依瑠です。私の最も好きな「最大の幸せは子供(家庭)とともにいるヒロインと主人公」であるという展開が、私にとって最大の喜びです。これ以上に語りたいところですが、作中の表現を使えば「無駄なおしゃべりは身体を濁らせる」です。今回はこの程度にしておきましょう。本当に感動した、グランドエンドでした。

 続いては作品の良かった点と、気になった点を述べます。どちらも相当数ありますので、簡易に、数を絞ってお示しします。

〇最高だった点

☆前作の最大の欠点の大幅な改善

 私は前作『サクラノ詩』の最大の欠点は読み手にとって分かりにくかったということだと認識しています。しかし、本作『サクラノ刻』では不明点を直哉はじめ静流や紗希等登場人物達がすぐに解説、言語化してくれます。おかげで教養がないなりに何とかついていけました。この点は最大の進歩だと思います。「無駄なおしゃべりは身体を濁らせる」とは言いますが、やはりエンターテイメントで分かりやすさ、プレイヤーへの懇切丁寧な説明は前提条件でしょう。そこの説明を主に知識面で明確に怠った『サクラノ詩』のことを、私は良作止まりでしか評価できていません(無論、私の知識不足が原因なのでお恥ずかしい限りなのですが)。しかし本作『サクラノ刻』は名作。明らかに一歩突き抜けた評価をすることが出来ました。これは偏に本作の「分かりやすさ」にあるのかなと思います。


☆キャラクターの信念がきちんと描写されている

 私はキャラクターの項目で述べる通り、本作のキャラクターの出番の配分、優遇に一部納得できていない一面があります。しかし各キャラクターが生きている感覚は強く覚えたのでシナリオの項目ではありますが、述べさせていただきます。

特に長山香奈が顕著でした。彼女の信念はもはや(良い意味で)病的なレベルで一貫しています。「天才は凡人にこそ敗北する運命にある」。まさに彼女の信念の体現です。Ⅴ章の例のシーンでは心躍りましたよ。流石、人気キャラクターです。


☆演出がシナリオを丁寧に後押ししている

 次に演出面です。これはシナリオとの連携で極めて重要なので、シナリオの項目で書きます。本作は絵画を示すタイミング、挿入歌、OP、EDを流す場面、その全てがビジュアルノベル「最高」でした。演出だけ見れば、本作は現時点で、一等賞です。

 ここまで圧倒的な演出力の背景には原案・企画、プロデュース、グラフィック、背景美術、演出イラスト、劇中絵画、劇中ムービー全てを総括するSCA-自先生という偉大な存在があります。全てをお一人が総括しているからこそ、ここまで強力な連携が出来ているのでしょう。無論、『サクラノ詩』発売から約8年経過しているという時間経過による技術力向上という側面もあります。しかし本作の魔法的な演出、音楽の使用方法は今までの経験から来ていると強く感じました。感服する他ありません。


〇気になった点


☆立ち絵に違和感があるキャラクターの数々

 申し訳ありませんが、ここは指摘させてください。流石に夏目藍、鳥谷紗希、本間麗華の三人については立ち絵に違和感があり過ぎます。作中で20年以上経過していながら立ち絵の変更が一切ないのは、いくら何でも技術力の配分が間違っていると言わざるを得ません。せめて藍にだけでも立ち絵差分を用意する必要がありました。それくらいの問題です。数々の傑作ビジュアルノベルはその点、全く怠っていません。時間経過に合わせてきちんと立ち絵を準備しています。しかし本作はその努力を明確に怠っています。制作期間、製作費の問題かもしれません。しかも作中でそれぞれの人物が若さを保っている旨についても詳細に言及しています。しかし、それでも限界があります。本作の残念なポイントにして、傑作入りを逃した重大な点でした。


☆芸術家の存在を絶大なものと見過ぎている

 次は表題の通りです。本作は芸術をテーマにしている作品なので当然なのですが、芸術家が偉大な存在として語られています。そこは良いのです。納得できます。

しかしその存在を他職業と比較してまで上げるのは、少しばかりやり過ぎに感じます。本作で言うと、やはりⅤ章をはじめとした教師を芸術という分野において軽く見過ぎている点です。正直、やり過ぎに感じました。草薙直哉は自分の職業選択の自由の下、教師という、直哉なりの道を選んだのに、そこに他者が介入し、あまつさえ芸術家になるべき存在であると言い放つ。そしてその行為が正当化されている空気が、私からすれば大きな違和感でした。ここは私の我儘です。そう感じない方の方が大多数かもしれません。しかしⅡ、Ⅲ章の教師の誇りはどこにいったのか、という疑問は結局最後の最後まで拭い去ることが出来ませんでした。こういった感情を持ってしまったプレイヤーも中にはいる、ということだけ認識していただければと思います。


〇Hシーン

 Hシーンですが、全13シーンあります。個人的に好きなのは心鈴のHシーン全般と、優美のフェラチオでしょう。この二点は特に良かったと思います。また全体的に真琴、藍以外の全てのシーンにおいてSCA-自先生節が効いていたなと感じました。笑いあり、涙ありのHシーン。それもまた18禁ビジュアルノベルの魅力です。特に心鈴とのHシーンは素晴らしい。「心を通わす」という言葉に相応しいシーンでしたよ。

 SCA-自先生は可愛い女の子にイチモツを生やしたり、女子同士の所謂レズHが得意なわけですが、本作でもその特性が強く反映されていました。十分満足できた反面、全13シーンと、いくら何でもフルプライス作品にしては少なすぎると判断し、悲しい気持ちになりました。

 とはいえ、Hシーン全般の完成度は真琴含めて概ね良く、前作程意味不明なシチュエーションもない。その意味で安定していたと言えるでしょう。


☆キャラ(33/40)

 本作の弱点は「キャラクター」部門です。ここは明確に弱いと考えています。というのも、キャラクターに魅力がないわけでは全くありません。むしろ、私はここまで魅力的にキャラクターが表現できている時点で、一定(つまり傑作級)の評価が与えられるべきではないかと考えています。

 私が言うキャラの弱さ。それはキャラの活かし方です。本作ではⅡ章後半において直哉が美術教師として、芸術と、学生に向き合う描写があります。しかし、本作では新生弓張美術部員が終盤で非常に影が薄くなってしまいました。これが私の目から見て大変に不自然に映りました。恐らく、SCA-自先生としては『サクラノ響』でしっかりとそこを描写しようと考えているのでしょう。その意図は大変伝わってきます。しかし肝心の直哉の教師としての決意が示されているのはあくまでも『サクラノ刻』Ⅱ章なのです。ゆえに私は咲崎桜子、栗山奈津子、氷川ルリヲ、川内野鈴菜、恩田寧、柊ノノ未との物語を『サクラノ刻』で描いて欲しかったと切実に思います。特に咲崎桜子は明確に直哉に好意を抱いているキャラクターです。彼女の救済のためにはまた約8年の月日を待たなければならないのかと思うと、胸が本当に苦しくなります。是非、SCA-自先生並びに枕には、早急に『サクラノ響』を発表していただきたいと思いますね。総じて新生弓張美術部の扱いが雑であったことが一点目の弱点です。

 次に18禁ビジュアルノベルとしては明確にHシーンが少なく、キャラクターの濡れ場表現が非常に薄い点が挙げられます。心鈴、真琴については十分かと思います。しかし夏目藍についてはここまで8年待たせたのに、Hシーンが少な過ぎます。あまりにも勿体ない、かつ扱いが粗雑に感じてしまいました。18禁ビジュアルノベルとしてはHシーン、濡れ場で表現するべきキャラクターの魅力もあると思います。しかし本作はそこを軽視している。その点は気になります。キャラクターの魅力を引き出せていたか、活かせていたかは正直、微妙です(特に新生弓張美術部員について)。

 その上で、次に好きなキャラクターについて記しますが、私が特に好きなのは直哉、片貝、心鈴です。まず直哉は言うまでもありません。彼の心意気、生き方、理念全てが私の心に突き刺さりました。直哉は18禁ビジュアルノベルの主人公としてはあまりにも完璧過ぎますね。名作主人公の仲間入りです。Ⅴ章のラストは痺れましたね。ただ、一つの物語の登場人物としてあまりにも凛々し過ぎて、本当に18禁ビジュアルノベルの主人公が直哉で良いのか?という疑問は出ましたが。要は主人公にしてはハイスペック過ぎるのですね。そこは心配な点でもあり、良かった点でもあるでしょう。個性がある主人公は、私は大好きです。

 次に片貝です。私は上述しましたが、最後の最後、直哉の人生を共にするのが片貝だったということを本当に嬉しく思います。SCA-自先生は学生時代の何たるかを分かっている。結局、学生時代とは一時の白昼夢なのです。あの時、輝いていたものは儚くも各々の事情で消え去り、自然消滅するものです。それは多くのプレイヤ―の皆様もご存知のはず。本作はそこを分かっている。青春時代の儚さをきちんと、切実に描写しきれている。しかも片貝にも物語の最終盤に人と人とを繋ぐ、大切な役割を持たせている。感無量ですよ。地味ながら、片貝は本作の間違いなくMVPです。出番は少ないながらも、青春時代の儚さ、大切さを表現できている。それだけでSCA-自先生に感謝です。

 続いて、本間心鈴。『サクラノ刻』に新たに登場した、新風として大きな役割を担いましたね。Ⅴ章の宮崎みすゞとしての勝負は正直、消化不良感がありましたが、本人の√であるⅢ章「Der Dichter spricht」では性的な意味も含めて、大活躍でした。彼女は可愛らしいながら、気迫というか恐ろしさを両立したキャラクターで、個人的には長山香奈を抜いて、女性キャラクタートップの座に躍り出ました(ちなみに男性キャラクタートップは直哉除けば片貝です)。Hシーン含めた夏和小さんの演技も良いです。告白シーンも最高でしたね。二人とも初々しい形で、その後の藍、礼次郎への報告も含めて大変名シーンでした。
 それ以外のキャラクターにも魅力がありましたが、特にメインヒロインについてはコメントを残しましょう。まず鳥谷真琴。彼女は処女をこじらせたアラサー女性として描かれ、「社会人としての恋愛」枠をきっちりと押さえてくれたと感じます。最後の告白&プロポーズのシーンも上述した通り私は大好きです。真琴の恋愛観と直哉の価値観の擦り合わせがHシーン中でも行われて、非常に為になるシーンでした。好感が持てましたね。

 続いて、夏目藍。彼女の立ち絵については前述した通り無視できないマイナスポイントがあり、正直十分に感情移入できませんでした。私自身が熟女、というか成熟した女性が好みということも相まって、藍には歳を取った姿で魅せて欲しかったと心から思います。ですが、結局、物語の最終局面で直哉と家族になるのは藍なのです。本編でも言われていましたが、藍がいるから直哉は奔ることが出来たのです。その点から『サクラノ』シリーズで夏目藍という人物はどのヒロインよりも強い存在感を放っていましたね。そこにはただただ美しい描写のみならず、文字通り、清濁併せ吞む関係もありました。ここまで魅力的なキャラクターを生み出してくれたSCA-自先生に感謝したいです。

 他キャラクターである、夏目圭、鳥谷静流、本間麗華、御桜稟、氷川里奈、川内野優美、新生弓張美術部員、他優れたキャラクター造形の登場人物が複数いました。その登場人物数は凡百の作品の二倍以上でしょう。まさに魂を込めた作品と言えます。

 一方、結局のところ、そんな魅力的なキャラクターの活かし方、魅せ方には大きな疑問を持ちました。また声優さんの演技に関しては残念ながら、前作『サクラノ詩』から時間が経過し過ぎていて、声優さんの変更、演技の変更が見られます。そこも非常に残念なポイントであり、無視できませんでした。特に草薙健一郎演じる牛蛙キタロウさんの演技は前作から遠いものになっていました。加えて、仕方ないのですが、氷川里奈の声優変更も悔しいところでしょう。これは声優さんが悪いわけでは全くありません。しかし枕サイドとしては短いスパンで作品を供給できていれば避けることが出来た事態でもあるのです。残酷なことですが、そこを踏まえても、全体のキャラクター完成度として33点を点けるのが私にとって限界でした。これでも『サクラノ詩』より6点も上がっているので、大健闘だと思います。


☆その他(10/10)

 私の評価の中で「その他」とは大きく分けて音楽、世界観、システム(UI)の3つを示します。なぜ10点しかないのかと言うと、「音楽、世界観」は極論、好きな作品に付いてくるもの、好きな作品が引っ張ってくれるものであり作品評価にはそこまで大きく影響していないと今までの経験上、判断したからです。ですので、ビジュアルノベルにおいて音楽をシナリオ、キャラクターと並ぶ最大の評価点としながらも最も低い配分なのです。

 その意味で言えば本作は「その他」が私の「好き」を大幅に上回った作品だと言えます。ゆえに10点満点を点けました。まず本作はとにかく音楽が良かったです。BGMは正直、心に残るものこそ少ないものの、良曲揃いです。極めつけはボーカル曲。『刻ト詩』、

『櫻ノ詩 -2023Mix-』をはじめ、多くのOP、EDが私の心に突き刺さりました。EDでは『櫻ト向日葵』が特に好きです。またOP『刻ト詩』は直哉と圭の曲であるとともに、登場人物の世界観全体を現した曲であると認識しています。今までの著名なボーカル曲と異なり、イントロがない点も賛否両論あるかと思いますが、私は賛成寄りです。演出についてはシナリオの項目で触れた通りです。素晴らしいの一言ですよ。

 次に世界観ですが、こちらには正直疑問を持っています。『サクラノ』シリーズにはファンタジー要素も多くあるため、それを受け入れるかどうかです。私はできればファンタジー要素を重大な場面で使用しないで欲しかったと思う者でした。本来であれば、その他からマイナス1点してもおかしくないほど、Ⅴ章の最後には疑問を持っています。しかし音楽が強すぎた。腑に落ち過ぎた。ゆえに私としては例外的にその他からのマイナスをしていません。

 システムですが、これは前作『サクラノ詩』から大幅に改善されました。特にバックログからのシーンジャンプがあるのは大変ありがたいです。これだけで枕に感謝をしたいです。全体的なシステム面も2023年作品にしては簡易ながら、最低限揃えています。無論、お気に入りボイス登録機能がない等細かい不便は残りますが、点数として差し引くほどではないです。

 総じて、本作のその他は満点です。あまりにも音楽が強すぎます。私が作品に抱いている好感に対し、大幅に飛び越えてきたのでその他は10点満点です。

☆総括(88/100)

 総合的には名作(A)認定です。私にとって批評空間、ブログで89点以上は伝説的な作品にしか点けません。その意味で平凡な作品の頂点と言えます。その観点で、私にとって最大級の評価、と序盤にお伝えしたのです。

 しかしなぜ89点以上を点けていないのか。90点(傑作)を超える評価が出来ていないのか。それは、突き詰めて考えると私自身の問題です。というのも、結局、私は本作の芸術家が尊い存在である、美の追究というテーマに、ついぞ好感が持てなかったのです。理由は散々前述しましたので深くは語りません。テーマ自体のズレ、特定の職業との比較、新生弓張美術部員の冷遇等マイナス要素も多くある作品でした。その意味で本作は「極めて感動したし、心にも残ったが、納得できないし、共感はできない」作品であると言えます。所謂描写上、好感が持てない作品です。

 一方、そんな印象を持った作品でありながら、88点もの点数を点けていること自体極めて異例です。それは偏に、流すべきタイミングで絵画や音楽を提示する演出の力と、SCA-自先生はじめ枕スタッフの方々の努力に感謝しているからです。本作の物語性はともかく、演出力、人を感動させる能力は本物です。どの作品よりも高い位置にいると仰る方がいてもおかしくありません。

 結論として本作は「私の感性にはあまり合わなかったが、名作であることは確か」という一言になります。本作の私の感想に対して、共感できない方は多くいらっしゃるかと思います。というかむしろ大多数かもしれません。しかし、現実にこういう感想を持つプレイヤーがいることは知っておいて損はないかと思います。

 以上です。約15000文字もの感想に最後まで付き合っていただいた方がいらっしゃれば、心の底からの感謝を。本当にありがとうございます。同時に、本作の制作に携わったSCA-自先生をはじめとしたスタッフの方々皆様に盛大な拍手を。『サクラノ響』の発売を心よりお待ちしています。ありがとうございました。

「ええ、すごいと思うよ。なおくん」



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