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あたたかいこと。


体育があって少し疲れた日の五時間目、国語。昼前に動き回ってぺこぺこになったお腹も、昼ご飯を食べて満たされていた。外からの太陽の光は、昼を過ぎて横から差し込んでくるから、眩しくてみんなカーテンを閉めてしまう。そのせいで教室は黄色がかっていて薄暗い。口の中にはさっき購買で買ってみんなで分けたかりんとうのほろ苦さがまだ口残っていて、教室には端までみっちりといろんなお弁当や食べ物の匂いが充満している。どんよりとした空気だ。入ってきた先生は、即座にそれを感知すると、みんなが寝たら先生も悲しいからよぉなどと言いながら窓を開ける。優しい人だ。こういうとき、日本史の先生なら顔をしかめて無言で開けるだろう。右斜めの男の子は授業が始まってもまだ寝ている。先生はちらっと気にするも、周りからの大丈夫、の目線で授業を始める。こんな様子で、休み時間の余韻が教室のそこらに感じられた。そんなときの先生の声はまるで子守唄のよう。微睡んできて、突っ伏す。つくえの冷たさと硬さがなんとも心地よい。そこに全身をあずけていると、なんだか遠くで先生が黒板になにか書いているおとが聞こえる。ん、ノート写すのあとでいいかあ。やっぱり重たい頭と腕は動く気がないみたい。動くのをやめると決めると、もっとぼうっとしてくる。窓側の特権として、カーテンの隙間からそのまま目だけ外にやった。校門の外から吹き込み体育館にあたった風は、向きを変え、近くにひっそりと生えている木とその少し色が変わってきた葉っぱをゆさゆさと揺らしている。昼過ぎの高い日差しから落ちて地面で波のように動く葉のかたちの影を、ただ眺める。どこかのクラスが休講になったのか、サッカーをしている歓声が聞こえる。いいな。だれか他のクラスの人もこうやって外を見ているのだろうか。どっちでもいいけれど。ピーーーー。体育教師のけたたましい笛の音も、離れて聞くとほっこりする。窓の外は、すべてがきらきらしていた。うす暗い室内から見ると、すべてはシアタールームのよう。けれど渦中の人間は、その額縁こそがすきなのだ、ということに気がつかない。その対比こそが貴重で。薄い青空をすーっと横切る小さな白い飛行機。時折はいってくる冷たくてちくりとする風が、ああもう秋か、なんて。そんなことを思っているうちに、いつの間にか眠りこけて、名前を呼ばれて、叩き起こされるのを許されている空間が。


いまわたしはどんな教室から外のせかいをのぞいていますか。その教室ではなにがゆるされているんだろう。


どうも〜