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#10 やさしい社会

 まだ明るいうちに近所の薬局に行こうと思って外に出たら、海がごうごう聞こえたので、海まで回り道をしてから、海に近い方の薬局に行くことにした。ここに住む前は海の音っていうと、癒し系音楽に入ってるような寄せては返す波の音しか知らなかったので、この音をはじめて聞いた時はびっくりした。うちからだと海岸までは歩いて15分くらいあって、このへんにいても、よーく見ないと(道ばたの海浜植物とか、軒下に干してあるウェットスーツとか、サーフボード積んで通り過ぎる自転車とか)海の近くという感じは特にない。それにしても随分おっとりしてるな、という感じはあるけど、それ以外はいわゆる日本の住宅が並んだ住宅街で、そこ全体に、ゴーーーーーーーーー、と、寄せるも返すもなく、ただ、ゴーーーーーーーーーーーー、と何やらかなり向こうの方から、大きい音ではないけど一定のボリュームの、低い音だけど倍音成分に満ちたような、とにかくすさまじく大きいものがすさまじいスケールで音を出してるぞという気配がしていて、
 「あ、海」
と、引っ越してきたばかりの頃の私は、夜中2時ごろ、ベランダの向こうで真っ暗闇になってる大家さんの畑を見ながら歯みがきをしていてようやく気がついた。演歌のおかげで海鳴りという言葉は知ってたけど、それがこういうタイプの音なんだとは全く想像がつかなかった。

 砂浜を歩いていて一番好きなことは、境界線がわからないこと、そこを歩くことができること。地図を見れば、私が今一歩一歩歩いている相模湾はああいうふうに線の輪郭によって描かれて、ここまでが海、ここまでが陸、とハッキリ境界が引かれてあるけれど、実際には陸と海のさかい目はわからない。どこかにあるんだろうけど、砂浜を歩きながら眺めていると、海のさかい目は私の目の前で、波と一緒に揺れ動いている。陸も一緒に動いている。波が引くたび、無数の砂の粒たちが縦横無尽にあちらこちらと動き回って、砂浜の形が変わる。と思うとまた次の波が来て、その波が引き、砂浜はまた別の形になる。特に海の音が私の家まで聞こえるような日は、うちの方ではそんなことないのに海に来るとものすごい風で、細かい砂の粒子たちが吹き上がって、風と一緒に空中を埋め尽くし、飛び回り、目の前の全てがかすんでいる。前回ここに来た時とは砂浜の大きさも形も全く違っていて、あちこちに小さな砂丘ができている。足を砂に埋もれさせながら砂山を越える。海と陸のさかい目を、どこからが海でどこまで陸なのかわからないさかい目を、夕方の太陽が反射して、伊豆半島も、箱根・丹沢の山々も、富士山も、全部が大きな黄色っぽい砂絵の影みたいにぼんやりして、おびただしい量の水が押し寄せ続けて、時々その波が奥まで来て私の足がすねまで濡れる。乾いた砂が風に乗って、私の右の頬を吹き付けて叩き、濡れたふくらはぎにも吹き付けて貼り付く。顔周りの髪が暴れて目にかかるのを砂っぽくなった手で払う。波のしぶき、風の音、海の音、太陽の眩しさ、水の冷たさ、砂のざらざら、砂のやわらかさ、私はその中をただ歩くことができる。私もこのさかい目と一緒に、どこからどこまで私かという境界がもっともっとあいまいになって、この風景の中に溶けていってみたいと夢見ながら。


 前回のnoteで書いた神奈川県知事(当選おめでとうございます)のメールに触発されてできた曲、この1週間でなんと2回もライブで演奏する機会があった。聴いてくださったみなさま、どうもありがとうございました。曲を書いているプロセスの中でもそうだったけど、人前に出てこの曲のことについて話して、歌って、それから終演後に聴いてくれた方たちとみんなで曲について(不倫について?)いろいろ話せたりして、私の中のいろんな感情が少しずつ変化していった。曲を仕上げる前、ネットだけの情報で曲完成させちゃうのもなあ、、という気持ちが出てきて、生まれてはじめて文春を買った。近所のスーパーで買い物ついでにカゴに入れたら、レジ係の人が、お肉とか魚とかを入れるポリ袋に、丁寧に文春を包んでくれた。汚れないようにそうしてくれたんだろうけど、文春の方も確かに汁が出る生ものみたいなもんだしね。読んでよかった、っていうのもおかしな内容の記事だけど、でも読んでよかった。

 文春を読んでいたら、自然と歌詞を追加・推敲しはじめていて、最終的にでき上がった曲は、まさか自分が公衆の面前でマイク越しに私の声を拡張させて放つとは思っていなかった言葉のオンパレードの歌詞になった。歌というのはおそろしいもので、歌だと思えば、あんな言葉もこんな言葉もするする自分の口から出てしまう。いわゆるオジサン文体(あれってスポーツ新聞から発展していったもの?)の下ネタも、電気を消した部屋で恋人同士ベッドでふざけあうセリフも、そんな二人の関係がおかしなことになってモラハラ加害者と化した人格による暴言も、メロディをつければ全てが自動的に歌になってしまって、口に出せない言葉も、出せるどころか、歌声となって、そしてなんと歌う私の中には新しい情感が生まれはじめている。この情感をこの歌に、どこまでこめて、どこまでこめないか、この情感というのははたして本当に私のものなのか、誰のものなのか。よくわからない状態でもうしばらく歌い続けてみたい。なんでかわかんないけどこの曲歌ってると元気になるし、聴いてくれてるお客さんもみんな元気そうにしている。いろいろ謎ではあるけど、謎といっても、じーっと眺めていればいろいろ仕組みがわかってくるはずだし、もうしばらくはあんまり考えず、このままただただ曲に導かれるまま歌ってみたい。そうそう、先週noteを書いた時には決まってなかった曲のタイトル、ライブの準備をしている最中に浮かんで、「やさしい社会」になりました。神奈川県が目指す社会。


 さて今週のライブは金曜日に代々木上原 hako galleryにて。rétela(リテラ)というテキスタイルのブランドの展示会のオープニング・イベントとして、KAMOSU x Eri Liao でライブをします。以前友人のミュージシャン赤須翔くんから、「この人たち知ってる?」ってKAMOSUのことを教えてもらって、その数年後、思いがけず一緒に演奏することになって、今回がたしか5回目くらい。今ではすっかり昔から友人のような気持ちになってしまった。というのも、翔くんに教えてもらった時は、ホーメイで日本語の歌詞を歌ってるめっちゃかっこいいバンドというイメージで、こんな人たちがいるんだ!と驚いていたら、もっと驚いたことに、KAMOSUは台湾原住民のいろんな曲もレパートリーとしていて、私の歌う曲も当然のように知ってて、コールアンドレスポンスしてくれる。しかも彼らは台湾原住民にはちょーーっと思い付かないようないろんな楽器を使ってパイワン族やアミ族の曲を演奏して歌っていて、それがまたとってもいいのです。台湾で原住民が自分たちの土地で自分たちの歌を歌っているのを聴くとものすごく感動するけど、日本で、日本人の声で、日本だからこそ生まれたようなバンドのサウンドになって聴こえてくる台湾原住民の音楽というものがあり得るんだというのを、私は彼らの横で聴いてしみじみ感じて、すると心がのびのびとして、明るい気分になる。
 金曜日のライブではKAMOSUと私で一緒に台湾の曲を歌ったり、私のソロコーナーでは、沖縄の三線で台湾原住民の曲を弾き語りしたり、タイヤル語のオリジナルを歌ったり、月にまつわるある有名なジャズの曲を、タイヤル語&百人一首の数々を散りばめた歌詞にして歌ったり、、、という予定。「やさしい社会」も歌ってみたいけどピアノのない会場なので、さあどうやって弾き語りしようか。いろいろ試行錯誤中。

 それではそろそろ試行錯誤に戻ろうかな。三線アレンジはピアノと全然違うふうに音楽を考えることができて楽しい。
 それでは金曜日お会いできる方は金曜日、代々木上原でお会いしましょう。今回は客席のみなさんにもタイヤル語歌っていただく予定なのでよろしくね♡


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