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#22 ハイハオ

 日本に戻りました。まあなんて快適な気候なんでしょう。。。日本って恵まれた土地なんだなあとしみじみ思って過ごしている。暑い暑いと日本の人たちが言うのをSNSで見かけて台湾でワナワナしていたけど、日本から戻ったばかりの台湾人の友人とお茶をした時に、さっそく日本の暑さについて質問した。「我覺得還好」と友人が言って、やっと安心して日本に戻る気持ちになった。そりゃそうだよね。日本に戻ってみて、飛行機から一歩外に出て、確かにこれは還好だわ、と思った。夜なんてもはや快適。時々海からの風が吹いてくると、泣き出したくなるくらい気持ちがいい。私の大ファンの近所のアジサイはまだ咲いている。ご近所さんは庭やベランダでBBQとかしている。台北の暑さの中ではどちらもあり得ないことだ。でも東京は暑いのかしら。
 還好。これは私の好きな台湾華語。(最近台湾で話す中国語をこう称するのが定着してきているようなので使ってみた。)日本語で言うところの意味は、まあまあ、とか、ぼちぼち、とか、よくあるアンケートの「全くそう思わない」から「完全にそう思う」まで10のメモリがある物差しでいうと、平均すればだいたい5前後というか、つまり、6くらいのまあまあも、ほとんど10じゃんっていう絶好調も、1に毛が生えたような最悪も、まあ人生では全てハイハオってことかな、みたいなすごく適当なようでいて全てを受け入れているような感覚。それにしては発音するのに息を結構たくさん吐く、あのハイハオの感じ。まあ生きてるからいいよ、という感じさえする。暑いし、本当に、生きてりゃまあいいってことよ。イントネーションが上がってすぐ下がるあの抑揚。自分が言うのも、人が言うのを聞くのも好き。ハイハオの気分から、ああやって私の体やみんなの体の中を、空気が流れてハイハオの音になる。

空中でヒョイっとマッチに点火できそうなくらい、暑い。

 台湾でも3日間寝たが、日本に戻って羽田からそのままライブ、その翌日は丸1日寝た。ああもうこれで万全と思っていたら、今日は貧血になってしまった。まぶたの裏をめくってみると、血の気が引いて白くなっている。明日のキチジョージえんにちの盆踊り、音頭取りとして呼ばれたからには意地でも歌いに行くんだぞ〜〜と思って、半分寝た状態のまま三線弾きながら歌の練習してみたら、サアサア妙な汗が出てきたのでおとなしく昼寝をした。これもハイハオ。寝て様子を見ていられるのだからハイハオ。還好啦。なんとか起きて薬局で鉄剤を買ってきて飲んだ。ハイハオ。

 最近は盆踊りも多様化してきているようで、私のようなエセ民謡うたいにも音頭取りをしないかという話がくるようになってとってもうれしい。とにかくみんなが踊ってくれたらいい。みんなが私の歌で踊ってくれるなんて、そんな至福なことがあり得るのか。そういう歌をうたう機会をもらえたことが本当にうれしい。歌ったり踊ったりが一番いい。

 自分のことをエセと言ったけど、日本にいて、特に民謡や伝統芸能などやっている人たちと一緒にいると特に、自分がエセのような気分になってしまう。私は誰にも先生についたことがないし、何流とかお免状とか優秀賞とかそういうのもない。台湾出身だから本物、みたいに言われてしまうこともあるけど(そういう単純でだまされやすそうな人というのは結構いる)、そう言われてしまうと私の中にも住んでいたらしい純血種しか認めません男みたいな輩がむくっと出てきて「お前の父親、日本人やったろうが」とメンチを切ってくる。日本のルーツもあるし、日本に住んでいる時間の方が長いし、日本語の方が上手になったし日本名もあるけど、かといって着物を着たり浴衣を着たりすると、何か居心地が悪いというか、和装姿の自分を、自分の内側から醒めた目線がじーーっと見ている感覚がある。それだったらまだ、天気のいい日にその辺を水着で自転車こいでる方が自然な気分だし気楽だ。

 私が台湾原住民の歌について一番いいなと思うのは、先生がいないことだ。歌の上手い年配者たちに、個人と個人の関係という中で教えを乞うことは今も昔もされ続けているけど、歌の先生という商売でやっている人たちの層という存在はない。みんながただそれぞれ歌えるってなんと気持ちいいことだろうと思う。先生がいなくたって音楽学校も家元制度もなくたって、尊敬がないということはない。いい歌はいい歌なのだから。その人の歌はその人の歌。そしてみんなの歌。もしかしてそのうち台湾の音大に原住民音楽科みたいのができて、あの人もこの人も教えたりするのかな。それはそれで時代の流れ。それはそれで今はできないような素敵なことができたりするだろうけど、今はこの誰も彼も玉であり石でありながらそれぞれの歌声が響いているのを、自分もその一員の石ころとして楽しんでいたい。

 というわけでもう夜中ですが、小声で盆踊りの準備を少しして寝ようかな。妄想台湾盆踊り。そんなに妄想でもないか、おばあちゃんたちは台湾のタイヤルの山の中で本当に盆踊りしていたのだから。花柄の、台湾で布団に使うような生地買ってきて、自分たちで着物を縫って。


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