グァバ(誕生花ss)

 その男は幼少の頃から頑健で、風邪ひとつひいたことがないと言う。どんな感染症が流行しても、周りの人がばたばた倒れるような劣悪な状況でも、彼だけはピンピンしていた。怪我もしないし虫歯もない、視力も素晴らしく、力も強い。あまりにも健康な彼は、逆に不気味がられるほどだった。
 やがて、地球の環境が著しく変化する、第何次かの氷河期が訪れた。温暖な気候に適応してきた数多の動物たちが死に絶え、科学の力で何とか踏ん張っていた人類も、氷河期が始まって三年目に白旗を上げながら滅びへの道を辿った。
 私たちは遙か以前から、地球を観察していた。手狭になってきた私たちの星から移住するには、ちょうど良い環境が揃っていたからだ。氷河期で原住生物たちが死に絶えた後なら最低限のフォーミングだけ行えば済むから楽だし、地上を我が物顔で闊歩していた彼らと一戦交える必要もない。
 氷河期が終わる頃合いに地球へ上陸した私たちは、まだ生きている地球人類の男、すなわち頑健な彼の姿を見つけて驚いた。調査では、氷河期を生き延びた人類は彼のみだった。その、たった二つしかない目から、塩分を含んだ水が流れ落ちた。
 彼は今、私たちの用意した研究施設に保護されている。地球最後の人類として有名になった彼の元へは、物好きな連中や研究者たちがしきりに足を運ぶ。
 この間、久しぶりに会った男は、頬を思い切り動かして、歯を剥き出した。威嚇ではない、彼なりの親愛の表現だ。私たちの言語を少しずつ習得しつつある彼は、環境が変わっても根本のところは変わらず、自分なりに適応しようとしているようだ。
 こうして、地球人類は緩やかに絶滅していく。


 花言葉「強健」

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