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エッセイ 日々食々「逆転の発想」


先日もまた、ズボン裏返しで外出してしまった。
朝から料理撮影の仕事でエプロンをしていたので、昼前まで気付かなかったが、縫い目が外になっていた。
スタジオのお手洗いで着直し、何食わぬ顔で調理を続けた。

電車の中で、小さな花柄の、薄い夏物のコットンのスカートの、その左足のあたりに洗濯表示の小さなタグが出ている女性が座っている。よく見ると花柄が霞んでいる。どうやら裏返しのようだ。
スーツの上着の後ろの切り目の、謎のバッテンの糸が付いたままの若いサラリーマンらしき青年がエスカレーターの前に立っている。
コートの手元に付いている素材を表記する「Cashmere100%」、あれは取った方がいいのではないか。

人のそんなことに目が行く。
教えてあげるべきか、そっとしておくべきか。
悩んでいる内に、その人達は私の前から去っていき、心にしこりが残る。
自分はズボン裏返しなのにである。
いや、自分がズボン裏返しする人間だから、人のことに気がつくのかもしれない。

靴下が裏返しはザラで、これはもうわかってそのままにしていることもある。
靴下は履き心地もさほど変わらないので、まだいい。

困るのはパンツが裏返しの時だ。
その日一日、その下着の裏を表にして、というか、表を裏にしたまま履き続けるべきか悩む。
家であれば、他のものに履き替えればいいが、外出先の場合は、お手洗いで一度下半身すっぽんぽんになる必要がある。
それに、何時間か裏となっていた表を、本来あるべき表にするということは、ズボンやスカートに裏側を付着させるということだ。
それはちょっと違う気がして、結局その日はそのまま過ごすことになる。

料理でも、裏返しや従来のものを逆にしたものがある。

油揚げの内側の白い部分を表にした、いなり寿司。
海苔を内側にして、エビフライやらアボカドやらをご飯で巻く、カリフォルニアロール。
中華料理「梅蘭」の、麺であんを包んでカリッと焼いた、焼きそば。
りんごのタルトを作るつもりが、りんごを煮ている時点で焦がし、本来下に敷くはずのタルト生地を、思い切って上にのせ、フライパンのままオーブンで焼いた、とか言われる洋菓子、タルトタタン。
ロッテのトッポ。

料理は逆転の発想が成功になることがある。
梅蘭の焼きそばは、看板メニューを作りたいというところからできたらしいが、きっと他にもいろいろと案が出ただろう。
タルトタタンは、タタン姉妹がパニクって対処した末のお菓子だ。
トッポは、夏場にもチョコが溶けずに食べられるポッキーとしてヒットした。
どれも大変においしい。
ふとしたひらめきから定番になり、長く愛される商品になることもあるのだ。

私の服や下着が裏返しなことも、何かにつながるときが来るのだろうか。

あれこれ考えていたら、喉が詰まるような感じがし、見るとTシャツの首元のタグが前側になっていた。


いなり寿司はひっくり返ってないほうが好き


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