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『娘は戦場で生まれた』

 正直に話すと、この映画を観ることを躊躇っていた。シリアを舞台とした映画をいくつか観てきたが、観終わったあとは決まって、ひどく落ち込んでしまい、罪悪感に捕われて苦しくなってしまったから。それが恐かった。でも私は、「やはり観なければならない」と思った。大きな理由は二つあって、一つは、この映画が戦下のアレッポにおいて、実際にワアド・アルカティーブ監督が追い続けた事実を映し出したものであり、「アレッポで起こったことをシリア国外の人に知らせるため」という目的によるものに違いないその映画=メッセージを私は受け止めるべきだと感じたことだ。そしてもう一つは、大切な隣人ナジーブ・エルカシュさんの故国についての映画であり、彼が字幕監修という立場で本作に関わっていること。
 
 観終わってみて、今やはりとても動揺している。ワアド監督によって楽しそうに笑っている姿が映し出されていたその人が、次の瞬間に亡くなっていること、小さな子供が次々と爆撃の犠牲になっていること、その生の事実に、「こんなことを世界が許すなんて」という彼女の声が重なる。私たちはこんな残酷なことを許してしまった。

 ワアド監督、その夫であるハムザ医師、その友人は、シリア政府軍とロシア軍によって包囲されたアレッポに留まり続けた。戦下で生まれた幼い娘のサマをつれて。トルコにいるハムザ医師の家族は「サマだけでもトルコに」と願うが、彼らはそれを拒み、共にアレッポで過ごすことを選択した。なぜ次の瞬間に殺されるかも知れない地に留まり続けたのか、しかも幼い子と共に。命が惜しくないのか。そう感じる人は多いだろう。その理由を問うことは、「人間らしく生きるとは」と問うことだと思う。もしも突然、口を封じられ、思考をコントロールされる人生を送り続けることになったら?それがシリアで人々が強いられてきた生活だった。踏みにじられてきた自由と尊厳を勝ち取ること、母なる故郷を守り抜くこと。これが彼らが命を賭してやり抜こうとしたことだった。

 アレッポを守り抜けると信じながらも、いつ爆撃に倒れるともわからない状況でカメラをまわし続けたワアド監督の並外れた勇敢さによって、私たちは今この映画を観ることができている。他の多くの記録映画との違いは、映し出されているようなことが、現在もシリアで続けられているということだ。

 公式パンフレットにナジーブさんが寄稿されている文を一部引用する。私が何度も読み返した部分だ。どうかあなたにも読んでほしい。

 特に9.11の同時多発テロ以降では、深刻なイスラム恐怖症を抱えてきた国際世論は、「シリア独裁政権もひどいが、テロリストよりはマシではないか」という理論や、「シリア独裁政権の残酷さはシリア市民のみを狙うが、イスラム原理主義者は全世界にとって脅威だ」という見方が世界に広がった。
 さらに、口実に基づいた2003年の米国などによるイラク戦争の凄まじく壊滅的な結果もあり、国際社会は「人権保護」と「反戦」との二つの間に迷い、シリア市民を守るために動くという発想に対して躊躇を表した。
(中略)
 この原稿は、記者としてではなく、シリア人として書いた。どうか、このドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』を深く観ていただき、登場人物のありかた、そしていまのシリアの現状や問題を理解するため、眼を見開いていただけたらと切に願う。

 ある時から「私一人が何かしたところで何も変わらない」という発想を捨てることにした。その発想が、例えば「シリアを見捨てる」という世論形成につながったのだと知ったから。自分の持っているもの(能力や経済力)を使ってできることを、どんなに小さなことでもやろうと思うようになった。今回は、こうして発信することにした。誰に読んでもらえるかはわからないが、そうすることにした。これからやろうとしていることが他にもあるので、それについてはまた追って書きたいと思う。

http://www.imageforum.co.jp/theatre/movies/3159/

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