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6年ぶりの再会そして結婚式@Wan
さぁ、明日行く、明日行く、と言い続けていたWanへ今日こそ移動!
朝7:30のバスにのって、AmedからWanへ6時間半。
到着すると、正真正銘、私にとって初めてのクルド人の友人Jujuが車で迎えに来てくれていた。
Jujuは結婚してアメリカへ移り住んでいて、ジーザスたちと一緒に働いている。今回、弟の結婚式のために帰郷していた。私が初めてイスタンブールで出会って以来、丸6年ぶりの再会!
髪の毛薄くなった!それ以外は何も変わらないビッグスマイルマン!
家へ到着すると、お父さんとお母さん、6年前にものすごく良くしてくれたアイシェ(Jujuの妹)が迎えてくれた。
お父さんもお母さんも「Maşallah クルド語話せるようになったんだね!」と、大喜びしてくれた。
しばらくしたら結婚式へ出発するというので、私も日本から持参してきたKiras û Fistan(クルドの伝統衣装)を着る。
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会場に到着すると、早々に踊りが始まる。クルドの結婚式では5〜6時間ほど踊り続ける。
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今日は新しい踊りを覚える!と意気込んでいたので、少し複雑なBablekanというのとRubarというのを覚えられて良かった。
Jujuから良かったら一曲歌って、とリクエストされていたので、お祝いの意味を込めて、Se Pêという踊りのための10拍子の曲を一曲歌わせてもらった。
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普段より2つキーが高かったので、「これいけるかなぁ」と懸念していたけど、意外にも届いて、地声の音域が広がっていたことに気づいた。
歌い終わったらたくさんの人が「とっても良かった」「一緒に写真撮って」と声をかけてくれた。
結婚式が終わった、と思ったら深夜0時!5時間ぐらい踊り続けていたことになる。そりゃクタクタになるわ。
帰宅して、さぁ休もう!・・・とはならない。
ゲストが大勢来るので、アイシェたちはチャイの用意をしなければならない。お腹がすいたというので、食事の提供もしなければならない。女性たちの仕事量はいつも半端ない。
その合間に私にも何かと食べ物を持ってきてくれて「食べて食べて」という。負担をかけて申し訳ないし、すでに深夜1時で全然食べたくないし、でも厚意を無碍にしたくないので、少しいただく。
そうこうしていると、Kinaという儀式が始まるという。え、今から?!
この日は結婚式の二日目で、植物で作ったペーストを、女性の手のひら、男性の小指に塗る、Kinaという儀式が会場で行われていた。
男性宅でもその縮小版を行うのだという。主にお父さんお母さん世代の人たちが歌い、Kinaが進行される。
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「エリカも歌って!」と強くリクエストされたので、誰もが知るKeleşoを歌った。
するとお父さんお母さん世代がMaşallahと熱狂して、「うちの村にもきてくれ」「いやうちの娘だ」と争奪戦が始まってしまった。
私はといえば、深夜2:30、Keleşoで最後のイッキを使ってしまったので、気絶しそうになりながら、お母さん方のキッスを頬に受け続けていた。
明日は結婚式最終日、朝10時からまた6時間ぐらい踊るんやで!もう寝る!
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