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【エッセイ】思い出の地で、小さな事件が起きた

「ぬぉ!?」

パキッと音がして、身体がよろめく。
思わず変な声を漏らしながら足元を見ると、靴のかかとが大きくめくれていた。

「よりによって、ここで壊れる?」

苦笑いする私の目に映るのは、「IMA」というロゴを掲げた白い建物。
都営大江戸線「光が丘」駅直結のショッピングモールである。

・・・

練馬区の光が丘エリアは、26歳から33歳までの約7年間を過ごした思い出の地だ。
駅の改札を出て地上に上がると、豊かな緑と広い歩道が視界に飛び込んでくる。

歩道の幅がとても広い

閑静でありながら、駅前にあらゆるジャンルの店舗や医療機関が集まっており、生活の利便性が高い。
しかも都営大江戸線の始発駅であり、新宿の都庁舎(当時の勤務先)まで座りながら行ける。

光が丘に移り住んだきっかけは、失恋だ。
癒し(と快適な通勤)を求めてこの地を選び、1か月後には「光が丘最高!別れて良かった!!」とすっかり前向きに。
気に入りすぎて離れがたく、結婚後も夫を呼び寄せて光が丘に住み続けた。

結婚から3年半後、家庭の事情で区外に転居することになったが、「新天地への期待」より「光が丘を離れる寂しさ」が大きかったことを憶えている。

・・・

話を冒頭のシーンに戻そう。
2024年5月某日。この日は1年8か月ぶりに光が丘を訪れ、懐かしい気分に浸っていた。

訪問の目的は、光が丘駅前にある内視鏡クリニックで事前診察を受けることだ。

内視鏡検査は信頼できる医師に任せたい気持ちが強く、多少遠くても前回と同じクリニックで受けることに決めた。

無事に診察を終え、「せっかくだから駅前を散策しよう」と意気揚々と歩いていた、そのとき。突然、靴が壊れた。

なかなか見事な壊れっぷり

とりあえず破損した部分を押し込んでみたものの、すぐに外れてしまい使い物にならない。

傍から見ると困った状況だが、「想定外のハプニングは楽しむ」のが私のモットーだ(他人に迷惑をかけない限り)。

これは、「散策するだけじゃなく金を落として行け」という天の啓示ではないか――
そう思い、駅前の「IMA」で新しい靴を買うことにした。

壊れた靴でよたよたと歩きながら記憶を頼りに進むと、見覚えのある靴屋にたどり着いた。

店内を見て回り、手頃な価格で歩きやすそうなものを手に取る。
色の展開は、黒、ネイビー、淡いベージュの3色。
普段は暗い色の靴しか買わないが、残念ながら黒とネイビーは合うサイズの在庫が切れていた。

「ベージュしかないなら、他の靴を探そうかな……。」

そんな考えが頭をよぎったけれど、「想定外のハプニング」なのだから「いつもとは違う色」を選ぶのも一興だ。

ベージュの靴を手に取ってレジで会計を済ませ、そのまま履いて帰路についた。

いつもとは違う、明るい色の靴。心なしか足元が軽やかになった気がする。

偶然にも、この日は結婚(式)記念日。
いつもは残業が多い夫が早めに帰宅し、娘が寝た後にワインを飲みながら夫婦だけで語らう。

光が丘で起きた小さな事件は、格好の話のネタとなった。

壊れた靴に別れを告げ、まだ見慣れないベージュの靴を玄関に並べる。
この靴を履くたびに思い出の地とのつながりを感じられることを、嬉しく思う。


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