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小学校運動会、このままでいいの?

うちの子、

こないだ、運動会の徒競走に出ませんでした。


探しても探しても見つからなくて、もしかして、と覗いた保健室に、

ちょこんと座っていました。


運動の苦手な我が子は、緊張しすぎて気持ちが悪くなったそうです。

会いにいくと、そう話しながら涙ぐんで座っていました。

先生も、「何度もトイレに行って青い顔してました」と言っていたので、おそらく本当なのでしょう。


でも、私が自分の枠組みで考えればおそらく、

「腰抜けじゃん」

「そこは根性出すところでしょ!」

という声かけに、私の場合なると思います。

しかし、自分の枠組みを取り払って考えると、

声かけは変わってきます。(ここが教育相談的✨)

私と子どもは別の人。

この子の枠組みは私のとは違います。

ちょっと立ち止まって、子どもの枠組みから考える、想像すると、

なぜ緊張するか、涙が出てしまうのか、察することができると思います。

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工藤勇一先生の投稿を思い出しました。

2020年10月の投稿です。

全てのこどもに強制的にやらせる種目で順位づけをすることは、
どんな理屈をつけても必ず不幸な子どもをつくる仕組みにしかなりません。

もしこの方法で不幸にならない子どもが一人も出ないことが現実としてどこかの学校で起きているのであれば、
それは大人が子どもの心を奪っているとしか言いようがありません。

教育でスポーツを取り扱うならば、誰一人置き去りにしない形でなければいけません。
競争を好む子どもを大事にしたいなら、
エントリー制の種目にすればイイだけですから。

日本はいまだ戦争の時代の教育を引きずっているのかもしれませんね。
「団結」という言葉が教育界ではいまだに強調され、尊ばれていますが、
とても象徴的なことだと私は思います。

あ、「不幸な子」ってうちの子のことだ、と思いました。

うちの子以外にもたくさんいると思います、ほんとはやりたくない子。

やりたくなくて休んでしまう子。

イジられている子。

恥ずかしい思いをするストレスと戦っている子。

やりたくないと言って周囲から責められる子。


この工藤先生の投稿には動画が添付されていました。

ご覧になってどう思いますか?

運動を学校で扱うことの最上位の目的って何なのか。

動画は秋の持久走大会についてですが、

こんな不幸が、春の運動会、夏の水泳大会、冬の縄跳び大会、毎年起こっています。

行事の在り方を問い直す学校が増えてくれたらと願います。

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うちの子、団体スポーツは好きなんですよ。

ドッヂボールとか、バドとか。(自分が目立たないからかな笑)

それに、運動の苦手を克服したくてスポーツクラブに習いに行ってるんです。

そのクラブには週に一回、休まず行きます。

鉄棒も跳び箱もマット運動も習っていますが、もちろん上手くできません。

それでも「楽しい!」と行くのです。


運動会との差。。。皮肉なことです。

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