イメージプリンタ1
3Dプリンタが登場し、その存在も珍しくなくなった昨今、ついに新たなプリンタが発売された。
美咲はそれを抱え、ウキウキとした足取りで帰路についた。
美咲には「推し」がいた。推しとは、自分が人に薦めたいほど好感を抱いているアイドルや俳優、あるいはキャラクターなどのことを指すが、美咲は男性アイドルグループ「ビースト」のリーダーを務めるレオの熱心なファンだった。
彼は鼻が高く、切れ長の目をした細身の長身と、まるで王子様のような容姿をしている。リーダーとしての統率力もある上、才能に甘えない努力家なので、歌やダンスもグループの中で一番上手い。少し抜けているところは愛嬌があってかわいく思えたし、大食いなところも美咲は愛していた。彼の食費の足しになるのならと、同じCDを二十枚は買っている。
美咲は彼のファンになってからもう長い。レオに会うために地方や海外にも遠征に行ったし、グッズや写真も買い集めた。ビーストはファン同士の交流も活発で、ものづくりが得意な人はファンアートとして推しのイラストを描いたり、ぬいぐるみを作ったりしてネット上で見せあっている。しかし他のファンが作り上げるレオは、どれも美咲が理想とするレオ像とはどこか異なっていた。みんなレオのことを分かっていないと憤慨する日々。いわゆる「解釈の違い」というやつだ。
2Dプリンタも3Dプリンタも便利ではあるが、結局出力用のデータを作るのが難しい。当たり前の話だが、プリンタを使用するにはプリントする絵や立体のデータを作らなければならない。クリエイターならば問題ないだろうが、美咲はそういった才能が自身にないことを自覚している。しかしどうしても自分の想像する理想のレオを、他のファンのように目に見える形にし、部屋に飾りたかった。
そんな時、次世代プリンタとして開発されたのが「イメージプリンタ」だ。頭に思い浮かべるだけで紙にその想像をプリントしてくれると言う画期的な商品。美咲は今まで何度も頭の中で理想のレオを妄想してきた。求めていたものはまさにこれだった。脳波を読み取るための電極はイメージプリンタにつながっており、想像中はイメージプリンタの所定の位置に手を置いておく。想像が終わり、手を離すとプリントされる。昔で言えば念写とでも言われたであろう超能力やら心霊現象やらの扱いだったものが、今や誰でも実行することができるのだからすごい時代になったものだ。
美咲は早速電極をおでこに貼り付け、イメージプリンタに手を置き、目を閉じ、レオを頭の天辺から順に想像した。オレンジがかった茶色の絹のようなサラサラヘアを丁寧に思い浮かべる。
レオの想像が前髪に差し掛かろうとしたその時、突然スマホの着信音が鳴った。友達からだ。明日の映画の約束について電話するのを忘れていた。美咲は慌てて電話を取った。
頭頂部から前髪のみのレオがプリントされた。
なるほど、途中でプリンタから手を離してしまうといけない。電話を終えた後、今度は邪魔が入らないようスマホの電源を切り、美咲は再度挑戦した。
レオの想像が頭頂部から前髪を過ぎ、眉毛に差し掛かったあたりで何かが美咲の背後をするんと通り抜けた。それは美咲の飼い猫の「おはぎ」だった。親ばかに思われるかもしれないが、おはぎはとにかく目が特徴的でかわいい。きれいにつり上がった大きくて青いアーモンドアイだ。
青い猫目のレオがプリントされた。
いくらおはぎがかわいくても理想のレオは青い猫目ではない。美咲はおはぎのことを考えてしまわないよう十分に注意し、再度レオを想像することに集中した。ちょうどお昼の十二時を回ろうという時。
どこからともなくカレーの匂いが漂ってきた。隣の家のお昼ごはんはカレーだろうか。
レオの下半身はカレーになった。
実はイメージプリンタは発売前から注目度の高い商品であったにも関わらず、売行きはあまり良くないという噂は聞いていた。こんな画期的な商品なのにと不思議に思っていたが、理由はどうやらこれだったらしい。
つまり、人間はすぐにいろんなことを考えてしまうということだ。元々頭の中にはたくさんの情報が詰まっているし、なにかのきっかけで記憶の引き出しを開けてしまう。それが本来出力したいと思っていた像と混同し、結局思ったようにプリントできない。ただでさえ美咲は普段から余計なことをあれこれと考えるタイプだ。どうにか雑念を払う方法はないか。
思案した結果、美咲はイメージプリンタを持ってお寺の門を叩いた。
住職に事情を説明し、お寺で行っている座禅に特別に参加させてもらうことにした。美咲は電極をおでこに貼り、手はプリンタに置いた状態で座禅を組んだ。座禅は通常四十五分ほど行うが、その間雑念を一切持たないというのはなかなか難しい。
座禅が終わるとプリントされた紙を確認する。はじめの頃は自宅で試した時と同様、レオだとかおはぎだとか、あるいは提出しなければならない課題、ずっと欲しいと思っている洋服、そういえば最近太ってきた……などということが頭をよぎり、まさにカオスと呼ぶにふさわしい絵がプリントされた。
美咲は何度もお寺に通い、座禅を組み、イメージプリンタを試した。
数カ月が経ったある日、ついに美咲は達成した。
出力されたのは、なにもプリントされていない真っ白な紙。雑念をすべて取り払い、無になることができたという証だ。
美咲は住職にお礼を言い、住職もよく頑張ったと美咲を褒めた。とても清々しくあらゆるしがらみから解放されたような気分。今になって思えば、なぜあんなに「自分の理想とするレオ」にこだわっていたのだろう。今はこの真っ白な紙が誇らしい。美咲はこの白い紙を部屋に飾ることにした。
その後、イメージプリンタはお寺の修行用として新しい形で再度注目を浴び、売上を大幅に伸ばしたという。
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第二話
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