イメージプリンタ2
おでこに貼った電極で脳波を読み取り、頭に思い浮かべたものをプリントしてくれる次世代のプリンタ「イメージプリンタ」。
第一世代が販売されてしばらくした後、「イメージプリンタ2」が発売された。
第一世代のイメージプリンタは紆余曲折あった。画期的な発明として発売前から大変注目された商品だったが、重大な点が欠けていた。それは人間は雑念が多いということ。実際に使用してみると、プリントしたいと思う像と雑念とが混同してしまい、頭に浮かんだものすべてが雑多にプリントされてしまっていた。これでは到底使い物にならない。そんなわけで「使えない商品」の烙印を押されたイメージプリンタは、当初の注目度とは対照的にまったく売れなかった。
しかしそんな時、転機が訪れる。逆転の発想、つまり「雑念の可視化」ができるとして、ある住職が注目したのだ。それが口コミとして広まり、落ち目になっていたイメージプリンタは、修行用として全国のお寺に導入されるという思わぬ形でV字回復を遂げ、売上を伸ばすこととなった。
メーカーはその売上を元に再び開発を続け、本来の目的だった「頭に思い浮かべたものを正しくプリントできるプリンタ」になるよう改良を重ねた。
そうして苦難の道を乗り越え、満を持して発売されたのが「イメージプリンタ2」だ。第一世代に比べて大幅改善されたAIが搭載されており、AIが雑念と本来の出力したい像とを選別することで、イメージ通りプリントすることに成功した。こちらは努力の甲斐あって、一般の客にも飛ぶように売れた。
真澄もイメージプリンタ2を気に入って使っている一人だ。旅行が好きな真澄は、毎日あらゆる風景をプリントしては楽しんでいた。過去行った場所を思い返すこともあったし、行ったことのない国や街を想像することもあれば、全くのオリジナル風景を想像してみることもあった。
独身時代はよく気ままに旅行に行っていたが、結婚してから最近はあまり行けていない。それでも想像した風景をプリントするだけで楽しい気分になれた。
ある日、いつものように真澄がイメージプリンタで風景をプリントしてみると、いつもとは違った現象が起きた。プリントされた風景は大まかには真澄の想像したものではあるが、一部がぐにゃぐにゃと曲がっていたり、ところどころノイズが入っていたりする。まるで抽象画だ。
故障だろうか。
今度は過去に行った場所を想像して、もう一度試してみる。やはりプリントされた風景は一部が曲がっていたり、モノクロだったり、ぼやけたりしてしまう。しかしそれらはどこかあたたかいような、優しい感じがした。一体これはどうしたことだろうか。
そこで今度は夫にも試してもらうことにした。想像するのはなんでもいいよと言って渡したところ、プリントされたのは漫画で見るような骨付き肉。「そうそう! こういう肉が食べてみたいんだよな〜!」とニコニコしながら眺めているので、特に問題なく使用できているように見える。
もしかして最近旅行に行けていなかったから、風景がうまく想像できなくなってしまったのかもしれない。そう思い、他のものをいろいろ想像してみたが、何度試してみても、何を想像してみても、真澄の時だけ不思議な画像となってプリントされた。
説明書を読んでもこのような症状については書かれておらず、解決方法は見つからなかった。真澄は仕方なく修理に出すことにしたが、一週間後、イメージプリンタはそのまま変わりなく返ってきた。調べてみたものの特に異常が見当たらないとの回答だった。検査員が数回試してみたところ、何も問題なくプリントできたという。
故障は一時的なものだったのかもしれない。真澄は返ってきたプリンタをまた使ってみた。ところが結果は修理に出す前と同じで、また不思議な風景がプリントされてしまう。
と二人で首をかしげていたが、真澄は不思議な風景が嫌いではなかったので、その後もいつも通り毎日プリントして、その風景を楽しむことにした。
ところがこの謎の現象は、月日が経ったある日を境にぱったりとなくなった。
真澄は元気な赤ちゃんを産んだ。旅行を控えていたのもこのためだ。
お腹の中にいた赤ちゃんが真澄の脳波に影響を与えていたのだろう。AIはプリントしたいと思って想像している像とも、雑念とも違う脳波を判断できなかった。それが不思議な風景につながったというわけだ。
出産後は不思議な風景がプリントされることはなかった。
真澄は妊娠中にプリントした不思議な風景をアルバムに貼った。これはまだ産まれる前の、お腹の中の赤ちゃんと一緒に空想旅行した風景。そう思うと不思議な風景は前に見た時以上に愛おしく思えた。
ふと横を見ると、夫が「二人だけの思い出がすでにあってずるい」とぶうぶう言っていたので、とりあえず一緒に漫画肉の絵をアルバムに貼っておいた。
成長した我が子と三人、いろんなところへ旅行に行き、それはもうたくさんの風景写真でアルバムが埋まっていくことになるが、それはまだ少し先の話だ。
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第三話
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