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008.子育て最終章

長かったような早かったような気もする子育てがまもなく終わろうとしている。というより実は本当はもう終わっている。高校生はまだ親の判断が必要なこともある年齢だから、なんとなく子育て中のような気がしているだけで、実はわたしは子育て的なことをもう何にもしていない。学校のある日なら、息子は1人で起きてご飯を作って食べて、必要ならばお弁当も作って学校に行く。私の朝のルーティンは、いってらっしゃい、と息子を笑顔で見送ることだけだ。それにしても、なんとも落ち着いた感じの子に育ったなあと思う。この人の特性だ。本当に育てやすかった。


さて、今年は彼は受験生なのだけれど、行きたくて且つ行けそうな大学に当たりをつけてあるので、家の中は受験生がいるとは思えないぐらいの穏やかなムード。勉強はマイペースでやっている様子。がんばってください。母は応援するのみ。ここまできたら、あとはお金だけなんとかすればいい。なんとか、なんとか、、、ね。

そんなわけで、まさに今私のやるべきことは毎日働いてお金を稼いでくること。きっと多くの人がそうであるように、子育ての最後はそれが1番のやるべきことだ。私が家にいると家族はみんな喜ぶけど、そんなわけで毎日家でのんびりしているわけにはいかない。

この間から落ち込んでいるのは、まさにこのことに関係がある。子が晴れて行きたい学校に行けそうだというのに気持ちが落ち込むなんて、なんて残念なことなんだろう。晴れやかな気持ちで応援してあげたいけど、心の中は曇りがちだ。仕方ない。プレッシャーだもの。大学四年生までちゃんと学費出してあげられるだろうか、って。そればっかり考えてる。

世の中にはこんなにたくさんの人が大学に行っていて、きっと、みんななんだかんだありつつも卒業して(させて)いるんだし、まあ私もなんとかなるでしょう、とは思う。奨学金とか教育ローンとか、いろんな方法があるし、極論を言えば死ぬわけじゃない。

そもそもいくらかかるんだっけ、って費用をちゃんとみてみる。自分の現状を棚上げして客観的にみてみれば、なんとかなる額のような気もしてきた。車一台、んー、安い車なら2台ぐらい?できないこともなさそうだけど、まあやっぱり荷は重い。

でもここまで書いてみて、明らかにしてみてらなんだかちょっと気が晴れてきた。病気になるわけにはいかないし、しばらく仕事を辞めるわけにもいかないけど、子にバイトでもしてもらってなんとかしよう。

こういう話って、誰かに気軽にできない、ってところがたぶん、一番気が重くなる原因な気がする。家庭内で話すと更に気が重くなるし、友達に話すとしても、それぞれの家庭の事情で細かいことは異なるし、話したくないこともある。おおっぴらにつまびらかにする話でもない。下手に話したら、相手の受け取り方によってはお金貸してって言ってるみたいになるし、勘繰られるのもめんどくさいし、マウントなんてとられた日には話さなきゃよかったって後悔する。そんなわけで、あんまり人に話してこなかったら、いつのまにか随分と気が滅入ってしまった。

もっと弱音を吐きながら生きていきたいなあと思う。大丈夫大丈夫って平気なふりしないで、あーもうむりーって毎日言いたい。

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