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アフターコロナに待っている、素晴らしき世界

お久しぶりの会場さんに伺うご縁を、ありがとうございました♡

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ウィズコロナの結婚式・・

ゲストにマイクを向ける際には

司会のマイクを使う事はせずに

スタッフさんから消毒したマイクを向けていただいたりと

様々に工夫しながら

コロナ渦であろうと、なかろうと

「そこにいる方々が、本人も驚くほど素直になれる」

その空間を目指す事に変わりはありません。


究極、お二人がやりたかった事が例えできなかったとしても

「未来をさらに、幸せなものにする」

お二人の最大の目的を達成する事が大切ですから


この状況でも駆けつけてくださるゲストに

どれほど、ありのままの感謝を届けられるのか

お二人と共に、よりクオリティの高い空間づくりを目指します。


空間を司る、耳のお仕事


司会は五感で楽しむ空間において

ゲストの聴覚にアプローチする役割です。

私ごとの感覚をお話しさせていただきますと

パーティー中は

耳でそこにある世界観を知覚しながら、目で見たものを言語化し、最も空間を引き立てるお2人のエピソードや言葉を選び取り、お届けする

といった事を繰り返し行っており

感覚的に、とても透明で

「自分」ではなく、その「役割」として存在しています。

色々と考えている、というより

様々に知覚し、自分という媒体を通して、空間を最も統合させる言葉と声を放つ。

という感じで

ある意味で、何も考えていません。

唯一マインドにある事は

「花嫁様を幸せにするか」どうか

だけですので、全ての判断基準がそこしかなく、とてもシンプルです。

とてつもなく集中しているため、2.5時間のパーティーが、体感的に50分くらいに感じます。

結果的に会場スタッフの皆様とも

ブレない志を共有している事で

有難いチームワークの輪が生まれていきます。


共感覚に憧れる。


私の場合、音は色には見えませんが、形や線として知覚される事は多くあります。

非常に抽象的な感覚ですので、恐らく共感覚とも呼べないと思いますが

※共感覚について、昔読んだ本

こういった方は、音を仕事にされている方に、案外多いのはないでしょうか。


ひとときも留まらない音の模様を整えて、心地よいものにする、と心掛けていますと

結果的に、ゲストにとっても快適な空間になっていくと考えています。


日常生活では、意思の違う音同士を、ただ受動的に聞いていると、

頭の中に無造作に流れ込んでくる音の群像に、パニックに近い状態になる事があるのですが(とてつもなく部屋が散らかっている感じ)

司会の間にそうなった事は一度もなく、恐らく、声や言葉を放つ事で

あくまでも黒子として、意識が主体的になって

空間のリズムを、自分なりに心地よく整えているような気がいたします。

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広瀬香美さんのようにぶっ飛んだ才能もなく、楽器も弾けないので残念ですが…


本当にゆるやかな、それでいて大切な感覚。


どうしても音楽の好き嫌いはあり、お付き合いで伺ったライブで目眩が止まらなくなった事もありますが(苦手なヘルツがある気が・・それは誰しも、同じですかね)

披露宴中でしたら、どんな曲であっても楽に聴いている事が出来ます。

とても不思議・・・

私自身の、それも少しだけ偏った話になってしまいましたが、この仕事をさせていただき、本当に光栄で幸せだと思っています。


新時代の処世術


さて、前置き?が長くなりすぎましたが

言いたいことは全て、以下の事です。


人には向き不向きが必ずあって

恐らく、何が向いているかは

何をしている時、時間さえも忘れるのか

何をしている時、顕在的な思考が無に近い状態になるのか

という事ではないかなと、思います。


たとえば私の場合、計算する事。動画を扱う事などが苦手でして

そういった事に取り組んでいる時は「挑戦」している感じ。

文やキャッチコピーを書いたり、言葉を声にして放っている時は「没頭」している感じ。

分かりやすいのは時間の流れ方で、体感が大きく異なります。

Udemy セリフ丸パクリ 表紙 (2)

これを読んでくださっているあなたにも、そういった事ってないでしょうか?


なんて面白いほどに

神様は、全く同じ特性を

二人以上の人に与える事はなさらず


あまりにも丁寧に、慎重に、厳格に

全ての人の才能は違います。


ですから、例えば競業の方を恐れる必要もなければ

私達を苦しめるライバルも存在しない

そう思って良いのだと思います。


マクドナルドにはマクドナルドだけのブランド価値があり

バーガーキングにはバーガーキングだけの波長がある。


コンビニA社の真向かいにコンビニB社ができて

コンビニA社が潰れる

なんて、私達も日常茶飯事で目にしていますが

あのような不毛な競争に

私達はいかに自分を巻き込まないようにするのかが

これからの時代の処世術ではないかと考えます。


どんどんいい時代になる。

ワクワクできた人から

自分の道を見つけていける。

そしてそうなった人から

とてもいい意味で「周りが目に入らなくなる」


波長の合わない人には、会いたくても会えない

お肚でワクワクできない場所へは、行きたくても行けない

そんな奇跡が起こり始めます。

「時間を忘れること」

「頭がいつまでも覚醒すること」

日常生活において、小さな事から見つけながら

「今ここ」を、さらに豊かにする事に

はしたないほど、集中できたら。

私もまだまだ、旅の途中です。

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