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ボクシングジム
「やる気あンのかァ」
めずらしく遠くから怒号が飛んだ。それを浴びた青年は判っているのかシカトしているのか、曖昧な態度のままサンドバッグを打ち続けた。試合を控えている彼。けれど、トレーニングに身が入らないでいることは素人の私が見てもわかった。そうこうしているうちに青年は早々にトレーニングを切り上げて帰る支度を始めた。
選手と素人が入り交じるボクシングジムの中で、トレーナーはそれぞれと明るくコミュニケーションを取りながら青年に近づいた。
何でもうやらないンだよ、厳しい声色で言った。
どうした、言ってみろよ。言わないとわかんねぇだろ。
語気の強さは変わらない。
リングの端に座って、下を向いたまま荷物をまとめていた青年の手が止まった。そして口を開いた。「頭の中が…、言われた事が整理できてない」。
どうやら並行して他のジムでもトレーニングしていて、そこでの指導とここでの指導が全く異なりどうしたらいいのかわからないとのこと。むこうのトレーニングメニューには皆で一緒にやろうというものがある、自分は一人で集中したいからそれには参加しない。そのせいで孤立している。孤立することは苦じゃないが、その態度のせいで人間関係もうまくいっていない、と。
青年は一つ一つしっかりと言葉にしていった。その一つ一つに対してトレーナーも厳しい口調のまま答えていた。「そんなのは自分でいいところだけ拾って、取捨選択すればいいんだよ」と語気の強さは変わらない。
そんなに要領よくできない。なにが正しいのかわからない。何を選べばいいのかわからない、と青年。
「お前は何を信じるんだよ」
どっちのやり方を信じるか。選べばいいじゃないか。そして逃げればいいじゃないか、逃げる方法だってあるだろ。しばらくはジムは一本にしますって伝えればわかってくれるよ。
トレーナーの言葉は力強かった。
それからもしばらくの間なにか話していた。サンドバッグや縄跳びの音にかき消されて、会話は二人だけのものになっていった。うつむいたままだった青年も、いつの間にか立ち上がって、トレーナーと同じ目線で話していた。
トレーナーが青年の背中をぽんと叩いた。笑っていた。青年もトレーナーの目を見ながらうなづくと、筋トレを始めた。
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