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「旅の彼方」

「旅行」の二文字より、「旅」の一文字のほうがなんとなく叙情感がある気がしている。
うまくいえないけど、雰囲気というか、文字の佇まいというか。

そんな「旅」の文字がタイトルに入っている素敵な本を図書館の新しい本の棚で見つけた。

本そのものの絶妙なサイズ感と、シンプルながら洗練された装丁に心惹かれて思わず手に取った。

登山の専門出版社の編集者を経て、文筆家として活躍している著者の旅にまつわる文章を集めた随筆集。

随筆なので、ひとつひとつの文章はそんなに長くない。
読み進めていくうちに、著者が目で見たり、感じたりしたことが、じわりじわりと自分の中に流れ込んできて、景色や光景が頭の中でイメージされてくる。
著者のように、長年にわたりいろいろな異国に旅した経験はないのに、鮮明ではないけれど、ふわりとイメージが共有されたような印象を受けた。

著者は、著作の「はじめに」にこう記している。

 長年旅を続けてきて思うのは、私にとって旅とは、これまで生きてきたなかで出会った人や本や心に残った言葉、学んだ知識や多くの経験、それらから培った考え、あるいは好きなものや懐かしい思い出といった、私の人生そのものと常に交わり、密接につながり合っていくということだった。
 こうして私は、日常生活を離れて異国へ旅に出ることで、あえて人生の途上で立ち止まり、過去と現在と未来を見つめ直しながら、自分の生を深めているのだと思う。

若菜晃子著「旅の彼方」
はじめに より

著者にとって、旅と人生は密接につながっているものであるからこそ、随筆のひとつひとつが丁寧で瑞々しい。

随筆を読み進めるうちに、私も本と一緒に心の中で旅をしながら、忙しない日常からほんの少しだけでも立ち止まって、自分自身の過去と現在と未来のことを考えることができた。

読み終えた時には、心のスペースが少しだけ空いて心地いい風が吹くような、清々しい気持ちになった。

自分の備忘のため、著作でいちばん好きだなぁと思った文章を引用しておきます。

なぜその作品が好きかとか、なぜその作家が好きかとか、その作品のどこが好きかとか、言葉にするのは難しい。
それに好きというのは感覚であって理屈ではない。
この本が好き、この作家が好きというのは、その人のたましいに通じる部分で、簡単に説明できることではない。
だから本当のところは本人以外誰にもわからない。
その人はそうなんだなと思って、そっとしておくのがいちばんいいのだと、私は思う。

若菜晃子著「旅の彼方」
ロッテルダムの灯 より

この著作は、旅の随筆集三部作の最終巻だそうなので、第1集と第2集と今から読むのが楽しみで、素敵な一冊に出会うことができて本当に良かった。


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