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「新版 荒れ野の40年 ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説」

過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。

岩波ブックレット767「新版 荒れ野の40年」
 ヴァイツゼッカー大統領演説全文より

冒頭の言葉に出会ったのは、2024年7月3日最高裁で旧優生保護法を「違憲」とした判決が言い渡された日のことだった。

「若い人たちにお願いしたい.敵対するのではなく,たがいに手をとり合って生きていくことを学んでほしい.われわれ政治家にそのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい」──1985年.対立を超え,寛容を求め,歴史に学ぶことを訴えた伝説的な演説があった.ロングセラー『荒れ野の40年』,解説を大幅増補して新登場.

岩波書店 内容説明より

図書館で予約して借りた本書は、わずか63ページの小冊子だった。

内容は、ドイツの敗戦40周年にあたる1985年5月8日のドイツ連邦議会でのヴァイツゼッカー大統領の演説全文と、訳者の永井清彦氏の「解説――若い君への手紙」。

「政治家の演説」と聞くと、正直「理想だけで中身がない感じがして空疎」なんてわかったふりして思ってしまうけれど、訳者の永井氏は解説の中で『ここでいう政治家は「次の選挙を考える政治屋(ポリティシャン)」ではない。「次の世代を考える政治家(ステイツマン)」』だと、そして、「何ヶ月もの準備を重ねた演説」であり、『「真実の重みを感じさせる」この演説は遠い日本でもずっと生きつづけてきて、これからも読まれてほしいと願っている、じっくり読むのに値する、と信じている。』と、力強く解説してくださっていた。


永井氏の解説を読む前に、ヴァイツゼッカー大統領の演説全文を読んだが、文章だけで心にぐっと迫ってくる気持ちになった。

「演説」という言葉は、辞書を引くと「大勢の前で、自分の意見や考えを述べること。」とあったが、ヴァイツゼッカー大統領の演説全文は、大勢の中の一人ひとりに対して語りかけているように感じられた。

若い人たちにお願いしたい。
他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
ロシア人やアメリカ人、
ユダヤ人やトルコ人、
オールタナティヴを唱える人びとや保守主義者、
黒人や白人、
これらの人たちに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。
若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただきたい。

民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。
そして範を示してほしい。

自由を尊重しよう。
平和のために尽力しよう。
公正をよりどころにしよう。
正義については内面の規範に従おう。

今日五月八日にさいし、及ぶかぎり真実を直視しようではありませんか。

岩波ブックレット767「新版 荒れ野の40年」 
ヴァイツゼッカー大統領演説全文より


永井氏の解説によると、ヴァイツゼッカー大統領の誠実で率直な呼びかけに国内外の多くの人が賛同し、作家のハインリヒ・ベルは演説の文章を教科書に採用すべし、と絶賛したほどだったそうだ。

上に引用した文章を、今を生きる大人たち、子どもたちが読んだら、どんな気持ちになり、どんなことが心に残るだろうかと考えてしまった。


1985年5月8日のドイツ連邦議会でのヴァイツゼッカー大統領の演説は字幕付きでYouTubeで視聴できたので、本書をめくりながら視聴した。
50分くらいの演説の中で、何度も拍手が沸き起こっていた。


演説の訳語の中に「心に刻みつづける」とあった。
この先何度も読み返して、そのたびに心に刻みつづけたいと思える、言葉の力を改めて感じさせる小冊子だった。


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