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「花椒」と思うか「麻婆豆腐」と思うか

金曜の夜は、予定があればパーっと楽しむのだが、予定がないと抜け殻のようになって何もする気が起きない。1週間分の疲れとは、目に見えない鎧だ

仕事をなんとか終えて、やっと自分のことに気を向けられるようになった時、空腹に気づく。疲れていても、何かは食べたい。というよりせっかくの金曜日だし、明日の朝も早くないから、美味しいものを食べて飲んでリフレッシュしたい。

このままソファに寝そべって、宅配でも頼むとするか
アプリを開いて探し始めてみるが、どれも帯に短し襷に長しでしっくりこない。ウーバーイーツや出前館は、ソファから一歩も動きたくないだらけモードにはぴったりだが、「高いんだし失敗せずに美味しいものにありつきたい」と思った瞬間にハードルが爆上がりする。

こういう時は、結局家で出来立てをハフハフする方が、満足度が高いことが多い。そういえば、最近友達のストーリーに上がっていて食べたいなと思っていたんだ、マーラータン。野菜もお魚お肉もとれてバランスが良く、ヘルシーそうなのに、スパイスで味はしっかりしているから満足感もある。少し辛くして、あの食べ終わったときの爽快感も味わいたい

そんな思いが私に財布をつかませ、外気温2度の冬の夜に、スーパーへと向かわせた。ちなみに夜20時半、ここのところ在宅勤務続きで3日ぶりの外の空気である。寒い、寒いがなんだか辛くない。背筋はしゃんと伸び、足取りは軽く、というか小走りよりの早歩き、やっとたどり着いた週末をひと早く迎えにいくような気持ち

スーパーにたどりつくと、そこは同じく1週間を走り切った勇者たちであふれていた。見慣れた日曜の夕方との光景とはずいぶん違う。おのおのが今晩の食卓を彩る役者たちを見定めている。大きなとんかつパックを買うお母さん、ワインボトル3本に乾き物のお兄さん、ストロングチューハイにスナックにお惣菜にと欲望一直線なおじさんもいる。

そんな人混みをかきわけ、比較的人通りの少ないスパイスゾーンへ。あまり注意してみたことがなかったが、このなんてことないスーパーにもスパイスは充実していて、不安に思っていた丸ごと唐辛子や五香粉や花椒を難なくゲットできた。慣れた手つきでエビに肉にきのこに、好きな食材たちをカゴに入れ、自宅へと急ぐ。そうだ、生ニンニクも忘れずに。こんな時はやっぱりチューブじゃなくて生がいい

家に帰って調理開始、の前にビールをあける。旦那さんはまだ帰ってこない、一人でこっそり宴のはじまり。さっきまで仕事していたパソコンが見えると、いろんな仕事ややりとりが気になってきてしまうが、そんな思いはビールで流し込む。

食材を丁寧に切り、先にスパイスを油で炒める。火にかけて別の作業にとりかかっていたところ、猛烈なスパイス臭に気づく。さっきまでカラッカラに乾いていたあの子たちが、油と出会い、熱が加わるだけでこんなに強烈な匂いを発するんだ。恐るべきポテンシャル。

ぐっと高まる期待、匂いだけで、きっと今日のご飯は美味しいと確信してしまった。肉やエビを入れてさらに加熱。香りをまとった油で包んでもらう。そして野菜たちも加えたら、水を入れて、味付けのウェイパーくん。スパイスたちが表で大活躍する中、味の基盤を作るのはあなたです。今日も頼らせていただきますね

ぐつぐつぐつぐつ。別々だった具材たちが、1つの料理としてまとまるための時間。はやる気持ちをグッとおさえて、と言いたいところだが、美味しい匂いを嗅ぎながらビールを飲んでいるので、すでにもういい気分だったりする。自分の周りをかためていた鎧が少しずつとけて、はがれていくような感覚。やっと伸びができた

さていよいよ完成、お皿に盛って、新しい冷えたビールを取り出して、食卓につく。Netflixの大好きな韓国ドラマをやめ、ドキュメンタリー番組を垂れ流す。今日はご飯に集中したいから、ドラマは平日夜の楽しみに

まずスープを一口。はぁぁぁぁ染み渡る。野菜の甘味と肉海老の旨味が溶け出したベースの上で、各スパイスたちが存在感を出している。お店で食べる時には、マーラータンだとして食べるが、こうやって自分でスパイスを入れると、1つ1つの味を構成する各食材にまで意識が向けられる。

普段忙しなくて、でも疲れてリフレッシュしたい時、コンビニで麻婆豆腐を買ってビールと流し込むことがある。舌が痺れるような味が好きだったけど、これは花椒の味だったんだ。知識として聞いたことはあったが、感覚にまで落ちてきたのはこの日が初めてだった

「麻婆豆腐の味」と思うか、「花椒の味」と思うか
こうやって食の解像度を上げられることも、料理の楽しみのひとつだ



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