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謀略放送『ゼロアワー』の知られざる成功が教えてくれること(1)

皆さんは謀略放送『ゼロアワー』をご存知でしょうか?太平洋戦争の最中、緒戦の勢いの衰えが目立ち始めた旧日本陸軍が、アメリカの将兵(GI)の厭戦気分を高めるべく発信した短波英語放送です。あるいはこの放送のラジオパーソナリティを務めた「東京ローズ」の逸話として記憶されておられる方もいらっしゃるでしょう。
第2次世界大戦では長距離の送受信が可能な短波放送を活用して情報戦が展開されましたが、敵兵を撹乱させる謀略放送は今日のフェイクニュースと類似しています。当時、この分野では遅れているとされていた日本は、大戦末期に遅れを一気に取り返し、GIに大人気のラジオパーソナリティ「東京ローズ」を出現させました。それは、さながら彼女は80年前に突如現れたアイドルといったところでしょうか?
本稿では全4回で、これまで敢えて語られてこなかった謀略放送『ゼロアワー』に光を当てます。その誕生の秘密は、現在SNSなどで「いいね」獲得に苦闘しているクリエイターのみなさんの良いヒントになることでしょう。


『ゼロアワー』はどんな放送だったの?

太平洋戦争の初期、ラジオ東京(現NHK)の外国向けの短波放送は普通のニュース報道でした。日本軍の南太平洋地域への快進撃をそのまま伝えるだけで十分だったからです。しかし、開戦から半年経過した1947年6月のミッドウェー海戦での敗北を契機に、制空権・制海権を失った日本軍が劣勢に立たされるようになると、対外英語放送は実際の戦況を偽る報道、つまりフェイクニュースを報道する必要に迫られました。さらに南太平洋地域での連合軍からの苛烈な攻撃にさらされる日本軍を側面から支援するための謀略放送が検討されるようになります。『ゼロアワー』は、アメリカ兵(GI)の郷愁を掻き立て厭戦気分を煽る狙いで企画された謀略放送です。

Zero Hour, 08-14-1944 (Tokyo Rose)

実は『ゼロアワー』の実録音が、下記のインターネット・アーカイブにあります。これは日本が降伏する1年前に放送されたようです。この放送音声はおそらくアメリカ軍が傍受・録音していたもの思われますが、最後の方はレコード特有のループノイズで終わっているところみると、レコード盤で録音されたオリジナルをデータ化したものと推測されます。3:30あたりから再生してみてください。

ちなみに、この音声は書籍『Miss Yourlovin: GIs, Gender and Domesticity During World War II』でも紹介されています。付属する transcriptによると…

"Orphan Ann" broadcast, 14 August 1944.

アン: 太平洋の孤軍奮闘している皆さん、元気ですか? 週末明けのアニーは、定時厳守で放送に戻ってきました。 受信状態は良好ですか?どうしてって? 今日がリクエストナイトだからです。 私の大好きなファミリー、太平洋諸島をさまようおバカさんたちのために、素敵な番組を用意しています。 最初のリクエストはなんと、ボス本人から! 曲はボニー・ベイカーの「My Resistance is Low」です。 あら、なんて洗練された趣味なんでしょうボス!

(音楽)

アン: さて、次のリクエストへ移りましょう。2番目のリクエストは、彷徨える愚かなみなし子の リクエスト番号は29番から送られてきました。 なんと、トニー・マーティンに、蚊や汚れたライフルのことを忘れさせてほしいというのです。まぁ、仕方がないわね。 トニー・マーティンの「Now It Can Be Told」をお届けします。

(音楽)

アン: 今日は月曜日。洗濯日という人もいれば、ライフルを掃除する日という人もいますし、他の人にとってはただ遊ぶだけの日です。みんなで集まって洗濯日の憂鬱を忘れましょう。こちらはケイ・カイザー、サリー・メイソン、そしてすべての仲間たちです。おバカさんたちも、パレードに参加しません?

(音楽、"Oh Playmate")

アン: さてさて、MSSとだけ署名された電報が届きました。この方は、あなたのお気に入りのメロディーのラジオリスナーからの曲もリクエストしています。ふむ、ではボニー・ベイカーがいつものバックグラウンドミュージックで「Sh! Baby's Asleep」をお送りします。静かにしてね、みんな。

(音楽)

アン: ベティが今夜のリクエストに我慢できなくなっているみたいですね。ああ、遠慮しないで、ベティ。 何を聞きたいの?恥ずかしがらないで。
ベティ: ビー・ウェインの歌で「My Heart Belongs to Daddy」をかけてもらえないかしら。
アン: まあ。 言われたらすぐさま実行!

(音楽)

アン: ガスはリクエストを無理やりねじ込んできました。 おそらく性格のもう一つの側面を披露したいのでしょう。 エディ・ハワードの気だるい歌声で「Now I Lay Me Down To Dream」をリクエストです。

(音楽)

アン: それでは定時になりましたので、今日はおしまいです。 太平洋をさまよう私の愛すべき孤児たちへ音楽というスイートなプロパガンダをまたひとつを閉じます。 定時の外の時間もすぐやってきますから、また明日会いましょう。 それまでの間、お行儀良くして…

(音楽、ホレス・ヘイドによる"G'bye Now")

Miss Yourlovin: GIs, Gender and Domesticity During World War II

1940年代のアメリカのディスクジョッキーはこんな感じだったのでしょうか?純然たる音楽番組ですが、今よりもゆったりとしていて、今でも聞き流すにはちょうど良い放送です。

ちなみに1944年8月と言えばサイパン島が陥落し、東條内閣が総辞職した直後で、その後サイパン島は日本本土に対する空襲のための拠点化が進んでいた時期です。かかる緊急事態の中、陸軍の統制下にあったラジオ東京(現NHK)がこんな番組を放送していたとは俄かに信じられません。

『ゼロアワー』はどんな影響力を持っていたの?

大戦中、『ゼロアワー』は南太平洋に展開するアメリカ兵(GI)に大人気のラジオ番組でした。彼らはこの個性的なハスキーボイスの女性アナウンサーを「東京ローズ」と名付けてましたいましたが、彼女がGIの絶大な人気を誇っていたことは、次の新聞記事からもわかります。

ニューヨークタイムズ:「東京ローズ」は米兵に大人気

'TOKYO ROSE' A HIT WITH U.S. SOLDIERS; Forces in Pacific, Immune to Propaganda, Enjoy Our Music on Japanese Radio
By George F. Horneby Wireless To the New York Times. March 27, 1944
ESPIRITU SANTO ATOLL, March 20 (Delayed) -- If a radio popularity poll could be taken out here among American fighting forces a surprisingly large number votes would go to "Tokyo Rose" and other of the programs beamed from the Land of the Rising Sun to the advancing American bases in the south and southwest Pacific.

「東京ローズ」は米兵に大人気;太平洋の軍隊、プロパガンダには免疫あり、日本のラジオで流れる音楽を楽しむ
By George F. Horneby Wireless To the New York Times. March 27, 1944
エスピリトゥ・サント環礁、3月20日(遅報) -- もしここでアメリカ軍の間でラジオ人気投票が行われたなら、驚くほど多くの票が「東京ローズ」や他の「日の出る国」から南太平洋と南西太平洋の前進するアメリカ基地に向けて放送されるプログラムに集まるだろう。

the New York Times. -- March 27, 1944

なんとノーズアートに「東京ローズ」を描いた B-29 爆撃機も…

B-29 Superfortress 42-93852 “TOKYO ROSE” of the 3rd Photo Reconnaissance Squadron (3 PRS) -Tinian 1945

さらに太平洋戦争の終結から20年以上経過した1960年代に行われたらしいアンケート調査でも「東京ローズ」の人気は健在でした。

According to studies conducted during 1968, of the 94 men who were interviewed and who recalled listening to The Zero Hour while serving in the Pacific, 89% recognized it as "propaganda", and less than 10% felt "demoralized" by it. 84% of the men listened because the program had "good entertainment," and one G.I. remarked, "[l]ots of us thought she was on our side all along."

1968年に行われた調査によると、太平洋での任務中に『ゼロ・アワー』を聞いたことを覚えている94人のうち、89%がそれを「プロパガンダ」と認識しており、10%未満が「士気をくじかれた」と感じていた。84%の兵士はその番組が「良いエンターテイメント」だったために聞いており、ある兵士は「多くの人が彼女はずっと我々の味方だと思っていた」と述べた。

Wikipedia ー Tokyo Rose

しかし…それが敵国の放送であることを認識していたにも拘らず「彼女はずっと我々の味方だと思っていた」とは…どんな感覚なんでしょうねぇ?

まるでローレライ伝説のように…

その答えを探しまくったところ、都市伝説系のサイトで「東京ローズ」に関する次の文章を見つけました。

その日の午後、硫黄島の沖合いに停泊している第7艦隊空母キティホークの乗組員は、食堂で遅すぎる昼食を取っていた。船内のマイクからはある放送が始ろうとしていた。まもなくジャズ風の音楽に乗って女性アナウンサーの声が響いて来る。その声はハスキーでちょっぴりセクシーな響きを帯びているようでもあった。明日もどうなるか知れぬ身で沈欝で鬱陶しい限りの彼らにとって、彼女の悩まし気な声は深刻な気分を和らげてくれるようでもあった。だが、彼女のしゃべる内容はちっとも彼らにとって救いのある内容などではなかった。

「ジス・イズ・ゼロアワー・・・フローム・トウキョウ。親愛なるアメリカ軍の皆様、硫黄島攻略ははかどっていますか? 今日はいいお天気なのに、何人の水兵さんが命を落とすことになるのでしょうね。島にはたくさんの日本兵があなたたちを殺そうと待ち構えているのですよ 」

 それは彼らの心を絶望の淵に突き落とすような内容であった。だがおかしなことに、彼女のハスキーで悩殺的な声を聞いていると、心をくすぐられるような奇妙な快感を感じるのも事実なのである。それは若い男だけがひしめく戦場心理が作用し、女性を必要以上に美化していたためなのかもしれないが、それだけに彼らの気持ちはよりいっそう複雑であった。なにしろ、黙々と食事を取りながらも、始終、彼らの頭の中を怪し気な魅力を帯びた女性アナウンスの声がひっかき回すのであるから。

「アメリカ海兵隊の皆さん、大きなお船の中はさぞかし快適でしょうね。でも、もうすぐ海の底に沈んでしまうと思えば可哀想な気もするわ。今も特殊潜航艇があなた方の船のすぐ下に忍び寄っていますよ。それに体当たりの飛行機も数え切れないくらい用意されているわ。アメリカの水兵の皆さん、こんなムダな戦争で命を落としてはいけないわ。みなしごになるより、今すぐママのお国に帰った方がお利口さんじゃないかしら」

 この魅惑的なハスキーボイスは、海兵たちの日常のことをよく知り尽くしているようなしゃべりっぷりで、末端の兵士の個人情報まで及ぶこともあった。

「第25海兵師団のスミス兵曹さん、明日はあなたの23回目の誕生日よね。少し早いけどお祝いの言葉をプレゼントします。一日でも多く長生きしてね。それと、ビンセント伍長さん、あなたの田舎のスプリングフィールドでは、雪が積もって男手が足りないみたい。それにお父さんの牧場ではまた子馬が産まれたそうよ。無事に帰れてかわいい子馬が見れることを祈ってるわ」

 またある時など、攻撃を予告するような放送があった。「ウルシーのみなさま、ごきげんよう。そこは穏やかで快適なところですね。今夜は面白いプレゼントを用意しています。もうしばらくお待ちくださいね 」

 米兵たちは最初、ヒット曲か何かが流れるものと期待していた。しかし彼らの期待は見事に裏切られた。それからきっかり15分後のことだった。海面すれすれに飛んで来た特攻機が停泊中の空母に突っ込んだのである。空母は大音響とともにものすごい火炎を吹き上げた。この攻撃では米兵140名が死傷した。

 こういうことが度重なると、魔法の水晶の玉かなんかで、自分たちの行動をすべて見透かされているように思えて来るのも確かで、海兵たちの多くは得体の知れぬ怖さを抱くようになっていた。

 だがその一方、彼女の下町を思わせるハスキーボイスからにじみ出る雰囲気に、何とも言えない一種独特の親しみを感ずる者もたくさんいたのも事実であった。このハスキーボイスの持ち主は、ことあるごとに自分を孤児のアンと名乗っていたが、いつの間にかアメリカ兵たちから東京ローズの愛称で呼ばれるようになる。

http://fusigi.jp/fusigi_4/works/works_3_e.html

文章には「硫黄島…」とありますから上記の放送の半年後の1945年2月の話だと想像できますが、確かにアメリカ兵(GI)の「厭戦気分を煽る」ことには成功しているように見えます…この文章の逸話が真実であれば。

明らかなことは旧日本陸軍の謀略放送が進化したことです。太平洋戦争の初期には(みなさんもよくご存知の)大本営発表のような謀略としては幼稚なレベルの放送から、わずか3年でまるでローレライ伝説を思わせるレベルにまで達していたということです。その切り札は東京ローズことアイバ戸栗ダキノのハスキーボイスだったようです。

第2話:https://note.com/erdfy/n/n7e2029fd7f9d

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