謀略放送『ゼロアワー』の知られざる成功が教えてくれること(2)
読者のみなさんの中にもミュージカル『アニー』をご存知の方は多いかと思います。子供向けミュージカルの定番であるこの作品は、毎年オーディションを行うことから、ミュージカルスターを目指す俳優の登竜門としてもよく知られています。ところで…この作品の原作が昔、ニューヨークの新聞に連載された漫画『Little Orphan Annie』であることはご存知でしょうか?
謀略放送『ゼロアワー』のパーソナリティであるアイバ戸栗ダキノは自らを Orphan Ann と名乗ってました。日米開戦で日本に取り残されてしまった自身の不運な境遇を跳ね返すため、逆境にめげない漫画の主人公に擬えたのかも知れません。ですが…大戦中、彼女を愛する多くのGIが付けた渾名は「東京ローズ」でした。結局、この渾名が彼女のさらなる悪夢を呼び寄せてしまうことになりました。
東京ローズの追悼記事
実際、英語圏では東京ローズは今でも人気で、彼女が亡くなった2006年9月には、英国の国営放送BBCが追悼記事を報じたくらいです。
東京ローズことアイバ戸栗ダキノは1940年代後半、占領期の東京、さらに強制送還後はサンプランシスコでの国家反逆罪の裁判において(非常に問題の多い訴状で)有罪となり服役しました。記事が語っているように、大統領の意向もあってどうあってもアイバを有罪にしたい司法担当者は、日本にいる元軍人を含む『ゼロアワー』関係者を証人として多数召喚しアイバ有罪につながる証言を引き出そうとします。が、ことごとく失敗。追い詰められた彼らは、一番取り入りやすいと睨んだラジオ東京(現NHK)の日系職員を恫喝して偽証に応じさせたようです。前回、紹介した「ローレライ伝説のような逸話」はこの時の訴状に尾鰭がついて誠しやかに伝搬したフェイクでしょう。この疑惑の多い判決は後に暴かれ、1977年のフォード大統領の退任時の特赦で市民権を回復しました。フォードはウォーターゲート事件で辞任に追い込まれたリチャード・ニクソンの在任中の副大統領であり、大統領昇格後は政権の信頼回復に努めたことで知られています。この特赦で彼はアイバを陥れたトルーマン大統領だけでなく、偽証の真実をしていながら無視を続けたその後の歴代大統領の罪をまとめて詫びたと理解されているようです。
アイバ再審に注目せざる得ない理由
本稿では『ゼロアワー』の秘密を明らかにすることが目的なのですが、番組制作を行ったラジオ東京が保管する番組関連資料は終戦時に軍の指導で焼却されています。そのためアイバ再審の際に複数の『ゼロアワー』関係者から聴取した裁判記録だけが、『ゼロアワー』の番組制作を伝える文書だと考えられてきました。ただし米軍占領期に行われた聴取ですので、返答次第によっては新たな戦犯訴追に繋がりかねないと考える証言者は多かったと想像されます。また前述のように訴追側の意向に配慮した内容が含まれる可能性も危惧されます。
東京ローズを語る二人の女流ノンフィクション作家
一方、日本国内で『ゼロアワー』や東京ローズが話題になるようになったのは終戦後のことのようです。というのも大戦中、日本では短波放送の受信そのものが違法とされていたからです。日本の一般国民は、戦後、アメリカのマスコミが大挙して来日し、東京ローズの消息探しに奔走し始めたことで、初めてその存在を認知したようです。日本で東京ローズに関する書籍が出版されるようになったのは、アイバ特赦が噂されるようになった1976年あたりになってからのようです。今日でも比較的入手・閲覧が容易なのは次の2冊のノンフィクション作品です。
ドウス昌代『東京ローズ:反逆者の汚名に泣いた30年』
1977年に出版された同書は、アイバ再審の裁判記録をベースに、米国内での独自取材を加味した内容で執筆されています。著者のドウス昌代はアメリカへの留学後、スタンフォード大学歴史学教授のピーター・ドウスと結婚してます。夫の手による英訳版が1983年に出版されています。アメリカ在住の著者が裁判記録を丹念に調査し、4年の歳月をかけて執筆した同書から謀略放送『ゼロアワー』の制作概要も読み取れます。が、基本的にはアメリカ側の認識に沿っているように思えます。
上坂冬子『特赦:東京ローズの虚像と実像』
1978年に出版された同書は、それまで婦人問題で著作・評論で知られた著者が初めて手がけたノンフィクション作品で、以降、戦後史へと執筆テリトリーを広げました。伝記というよりは取材録のような体裁で、アイバ特赦の後の日本在住の関係者のインタビューに基づいて執筆されています。1995年の文庫化の際、『東京ローズ: 戦時謀略放送の花』と改題し加筆・修正が施されています。ノンフィクションでありながら、著者の印象・感想が前面に出てきているところが面白く、ある面では謀略放送『ゼロアワー』の真実により迫っている感があります。基本的に日本側の認識に沿っているように思えます。
この2冊は共に既に廃本になっていますが、いずれも文庫化されているので古本としては比較的入手は容易です。二人の著者の執筆動機はアイバ戸栗の不運な人生への同情が発端に読めました。米国籍を持つドウズが一貫して共感を示しているのに対し、上坂は「彼女に落ち度がなかったとは思わない」とハッキリ言い切ってしまってるところある種の日本人らしさを感じます。また同じテーマを追っているにも関わらず、両者の取材や執筆のスタイルの違いは、アメリカ流のジャーナリズムと日本流のジャーナリズムの違いが顕在化しているようで興味深く思えました。
謀略放送『ゼロアワー』は人気の秘密は?
一番興味深かったのは…二人ともアイバ戸栗には取材を数回しているようなんですが、アイバの二人に対する態度はどちらかというと冷淡に感じられます。それについてドウズは理解しようと努めているように感じましたが、上坂は腹を立てていることを隠しません😛 それがアイバの(当事者ではない)マスコミに対する一貫した態度だったんじゃないか?と想像できました。
二人が書き残した事実を組み合わせて推察してみると…
アイバの態度には『ゼロアワー』のアナウンサーとしてのプライドのようなものを感じます。それこそが多くのGIを魅了した『ゼロアワー』の秘密なのではないか?と考えています。
第3話:https://note.com/erdfy/n/naab2934b9e00
#創作大賞2024
#オールカテゴリ部門
#ノンフィクション
#ゼロアワー
#東京ローズ
#謀略放送
#アイバ戸栗ダキノ
#ドウス昌代
#上坂冬子
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?