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FROM OSAKA~百貨店美術部モノガタリ~文化への強いあこがれについて

FROM OSAKA~百貨店美術部モノガタリ~を見てきた

高島屋美術部とは、その名の通り美術品を売り買いしたり、芸術家に作品を依頼したりと、高島屋の美術品にまつわることを引き受けていた部署である。
ここでは、高島屋美術部の誕生といままでをたどりつつ、芸術家を支える百貨店の姿を紹介している。
眺めていると、商業と美術の関係について考えさせられた。

高島屋に作品を提供する有名芸術家


高島屋はいろいろ芸術家に作品を依頼している。そのラインナップがなかなか面白かった。
特に興味を引かれたのは高島屋の短歌を詠んだ与謝野晶子である。短歌は屏風になって展示されている。
今でも企業のプロモーションで「○○に関する俳句・短歌を詠んでください」というのがあるが、その当時のバージョンといったところか。
与謝野晶子は高島屋と関わりが深いらしい。知らなかった……。
外商(ものすごくお金持ちの客に個別に取引をすること)のためのパンフレットのために画家に絵を依頼していて、その原画もかっこよかった。
「Three Elephants」の絵がよかった。かわいい。
どう考えても手間がかかる絵柄なので、依頼にもお金がかかるだろうな……。普通のパンフレットとは凄みが違った。

美術館や博物館が多く建てられる前は、百貨店が展覧会を行っていた。
百点の絵を集めて展示したり、戦後すぐに戦災でかろうじて無事だった食堂で展示をしたり、公的なミュージアムではないであろうエピソードが多い。ユニークで面白かった。
現在も毎週のようにアートの展示を行っており、また、展示をしている美術品を買うこともできる。ほしいと思った作品を買えるのは、百貨店ならではである。

しかし、資料館の主が百貨店だからというのもあるだろうが、昔の人の文化的なものへのあこがれはうらやましいと思ってしまう。
絵を百も集めよう! とか、食堂を展示に使おう! とか、ポスターを有名な画家に頼もう! とか思えるのは、やはり美術がとても特別で、きらきらしたものだったからではなかろうか。
今ももちろん文化へのあこがれはあるだろうが、パソコンの普及によって誰でもワープロソフトを立ち上げて文が書けるし、ペイントソフトを使って絵が描ける。作ることへのハードルが下がれば、やはりものを作ることも特別ではなくなってしまう。
もちろん、時計の針は元に戻せない。それに手軽にものを作れる世界で幸せにやっている人もいる。今の時代だからこそできることもあるだろう。
うらやましいと思うのは、懐古主義に過ぎないのかもしれない。でも少しだけ、懐古主義に浸るのは、ロマンチックで楽しいのだった。

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