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ピーター・シスの闇と夢~壁の向こうからここではないどこかに焦がれる~

市立伊丹ミュージアムで「ピーター・シスの闇と夢」を見てきた。

ピーター・シスって誰


さて、ピーター・シスとは誰なのかという話だが、寡聞にして私もこの展示を見るまで知らなかった。チェコ出身のアニメーション、絵本作家であり、後にアメリカに移住した人だ。
わかりやすい作品を上げると、モーツァルトとサリエリの関係を描いた映画『アマデウス』のポスターの絵を描いたのがピーター・シスである。
彼は共産党、ひいてはソビエト・ロシアに支配されていたチェコに育ったため、作品には色濃く当時の政治の影響が見て取れる。


チェコで暮らしていた時代


ピーター・シスは共産党政権の元で子ども時代を過ごした。その経験は『かべ:鉄のカーテンのむこうに育って』という絵本に記されている。『かべ』は最後の展示室に紙の本が置いてあり、全文を読むことができる。
共産党政権下では芸術も共産党を褒め称えるものしか許されず、シスは徐々に政権について疑問を持つようになる。しかし密告が奨励され、反政府的な言動はすべて制限される中で、自由に社会を批判することは難しかった。
シスは建前では政権に従いつつ、検閲に通るぎりぎりの作品を模索していた。
「擬態」というアニメーション作品が展示されていた。人と人が愛し合うシーンがある一方で、中世の鎖帷子を着た男から現代的な装備をつけた男まで、さまざまな時代の兵士の死体が転がっているシーンがある。反戦の作品に見えるが、これをどう言い訳して発表したのだろうか。
過去を回想して作られた絵本『かべ』も子どもの目から見た言論統制や弾圧が描かれていて、重苦しい作品である。リアルな描写ではないが、弾圧に逆らって死んだ人々も描かれている。
未来に期待したいという思いと、何をやっても無駄という思いとの間で揺れる人々の心が痛々しかった。

アメリカで絵本作家になる


仕事でアメリカに渡ったシスは、そのままアメリカに移住する。
絵本作家に最初からなりたかったわけではなく、生活の手段として選んだ仕事だった。しかしシスは絵本の仕事に強く惹かれていく。
シスの絵柄は点描や、幾重にも重なった細かい線が特徴で、小さな絵を見ていてもその緻密さに驚かされる。
全体をざっくり見ているときには気づかないが、じっとよく見ると気づく情報もあり、とにかく見ていて飽きない。
これこそが絵本の仕事への執念なのだろう。

絵本と政治


そもそもこの展示がシスの政治的立場を取り上げているからというのもあるが、絵本もまた政治と無縁ではない。
絵本好きの友達から、絵本と政治の関係をレクチャーされたことがある。日本でも左翼的な表現が流行したこともあったし、最近はLBGTを取り上げた絵本もある。
政治を扱うこと=即ち悪のように扱う人もいるが、生きていればどうしても政治と関わることがあるのだから、政治との関係をオープンにできる方が健全だなと思う。
政治を扱った上で、読者とフェアであることを心がけることもできるのではないだろうか。

ここではないどこか


シスの絵には異国の文化や、現実ではあり得ないファンタジックな生き物や人が多く、「ここではないどこか」を感じさせる。
展示のキャプションによると、シスが「鉄のカーテン」と呼ばれる社会主義国とそれ以外の国の境界線に阻まれ、異国に焦がれていたことが理由らしい。
シスが描くのはあくまで都合のいい異国であり、その土地で生まれ育った人には違和感のある場面もあるだろう。しかしこういう理想の「ここではないどこか」を描けるのはフィクションのいいところだ。

おまけ・伊丹についての展示と石橋家住宅


「ピーター・シスの闇と夢」は市立伊丹ミュージアムという博物館・美術館が一体になった施設で行われている。
伊丹は酒造で栄えた町であり、お酒と伊丹の歴史の関係について知ることができる。
また、石橋家住宅、岡田家住宅の酒蔵がミュージアムのとなりにあり、酒造りが行われた場所を実際に見ることができる。
駅前から観光に力を入れているところがうかがえる。たとえば観光地のあらましや地図を書いたカードが駅の改札を出てすぐ配布されている。
Google Mapを使えば済むのだが、ネットの地図って通信が弱くなったりスマホの充電が危うくなると使いにくいので紙の地図を用意してくれるのってありがたいんだよね。
しかし実際のところさほど観光客はいない。みんな来てくれるといいね……。

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