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じぶんの人生、他人を最優先してどうする

先日、知人からとある頼み事をされた。
自分も予定があるので、協力できることとできないことをお伝えして、できる範囲で協力した。

当たり前のことなんだけど、以前はこれが私には出来なかった。
なぜかというと、相手の望みを優先することが大切だと信じていたから。

誰から教えられたわけでもないのに、昔から相手の都合を最優先して自分の予定があるにも関わらず、その予定をずらしてまで相手を優先していた。

なんのため?って思ってしまうのだけれど、自分のことは後回しにして相手のために何かをしてあげること、それが私にとっての喜びみたいに感じていた。それに、誰からも嫌われたくないという気持ちがどこかにあった。

思い返してみれば、相手に頼まれたからこんなに尽くしたのに、相手からは何の見返りもないじゃない!私の予定も変更したのに!と思うことも多く(予定を変更してほしいなどと頼まれたことはない)、なんとも身勝手な妄想であった。
もちろん相手に見返りはなんですか?と聞いてはいないけれど、私がなにかを相手に与えたら、相手もなにかを私に与えてくれると信じていた。
本当にゾッとする。

誰もが自分の人生を生きていて、その中で困ったことがあった時、この分野であれば小鳥遊さんに相談してみようと声をかけてくれたのである。
だから、私も自分の持っている引き出しの中から持っている知識だったり能力だったりを相手に渡した。

私も相手の知識や能力を必要をしているときには、何に困っていて何が必要かを相談して、知識や能力を貸してもらえばいいのだ。

そんなことも考えず、ひねくれた私は、あの人に何度も協力したのに全然見返りをくれないし、どうせ私を都合良く使っているだけなんだ。私をバカにしているんだ。など、よくもそんな想像力豊かに偏った妄想ができるなと思うほど、どんどんネガティブ思考になった。

他人軸を言われる生き方をしていたせいである。

ひとり暮らしを始めてからか、私は初めて自分軸を手に入れた。
簡単に手に入れたわけではなく、毎日毎日、自分がなにがしたいのか、自分はなにがイヤなのか、ノートの書き起こした。
だんだん自分のことを知ることができて、ようやく自分の感情が分かるようになったことで自分軸を手に入れたのだとおもう。

道のりは長いけれど、自分と向き合う時間を増やしたことで、自分に素直になれるようになったし、相手に対して卑屈になることもなくなった。

これからも自分と向き合う時間は作っていく。
新しい自分と出会えるかもしれないし、そうおもうとワクワクしてくる。



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