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#21 たべたいとしにたい

「年齢確認させてください」
たどたどしく発せられた四字熟語に、言葉よりも先に苦笑いがこぼれた。

多少なりとも童顔であることは自覚しているので
知人や同じアパレル従事者に会う予定のない休日をラフな服装とメイクで過ごす私の容姿を見て、
年端もいかない少女と思う人も中にはいるのかもしれない。
日本出身ではないと思しき女性店員が
「平成」という文字列を理解しているのかは定かでないけれど、
もたもたと取り出した保険証を見せるとすぐに精算を通してくれた。

葉野菜と調味料、ハイボール、酎ハイが入ったレジ袋が揺れる。

”不条理なことばっかり”
自動ドアをすり抜けて思う。
とうに成人しているのに少女と見紛われて、
困惑の中にも僅かに喜びを感じていたこと。
女性として”瑞々しく若いほうが優れている”という価値観がこの身体にこびりついていること。
好きでもない男に無理やり口を塞がれる夢を見て
今朝は、昼過ぎに飛び起きたこと。

私は女でも男でもないのに。

ーーー

「女性は産む機械だと、国のえらいひとが言った。わたしは15歳だった。
『元気な赤ちゃんを産めるように』と大人たちは
わたしに栄養の付くものを食べさせた。
それをわたしは食べた。食べて、食べて、食べて、
血を流して、また食べて、食べて、食べて、また血を流した。
わたしの意志とは関係なく、どくどくと流れる真っ赤な血がお風呂の排水口に吸い込まれていくのを見ながら、自分はこの国で、
この場所で、何かを産む機械なのだと思った。保健の授業は退屈で、
子宮の断面図は気持ちがわるく、宇宙人のようだった。
期末テストは適当に受けて、14箇所ほどの解答欄を、ほぼすべて「卵巣」で埋めた。
どれか一つに、苛立った様子の先生の丸がついていて、赤点だった。
そのペンの色もまた、ひどく赤かった。

永井玲衣 / 「ねそべるてつがく」

月に一度、理性でコントロールできないほどの
食欲を持て余しては、人知れず血を流す
紛れもない”女の身体”を引きずって、ニットをクリーニングに出し、
ATMに立ち寄り、カフェでぺろりと平らげた特大ピザトーストが胃に収まっていくのを感じながら
文庫化された朝井リョウの「正欲」を、弾かれるように通読した。

思ってはいけない感情なんてない。

ーーー

訳知り顔で目の前に現れた人に、私の感情を決めつけられて
帰りの電車で涙を止めることができなかった。
悔しさと、安堵から流れる透明な血。
私はこの言葉にならなさを厄介でも見つめて育てていきたいのに、
その萌芽に農薬が撒き散らされ無遠慮に摘み取られたようだった。
それなのに。
抱えきれない言葉にならなさが手元から離れて、肩の荷が降りる思いがしていた。

自室に戻れば習慣のように、摂食障害の女の子たちの投稿を夢中でスクロールする。
大量のアイスや菓子パンや麺類の写真のそばで氾濫する「食べたい」と「死にたい」を眺めている自分は、どんな顔をしているんだろう。

”不条理なことばっかり”
冴えた頭に共鳴するように心が繰り返す。

私の一部が流れ出す不快感が走るのを下腹部に感じた。

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