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中銀カプセルタワービル滞在記

保存再生プロジェクトによるマンスリーカプセルを利用しました。東京・銀座で築48年の風呂なしワンルームにひと月暮らした記録です。

(※2020.03執筆、2023.08再投稿)


1. 中銀カプセルタワービルとは

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銀座の8丁目、もうほとんど新橋や汐留に近い一角、そこにドラム式洗濯機を縦に積んだような変わった形のビルがある。
中銀カプセルタワービル。いくつものキューブ状の部屋=カプセルによって成り立つこのビルは、1972年以来おもに集合住宅として使用されてきた。建築家・黒川紀章の代表作として、またメタボリズム建築の実作として名を馳せている存在だ。
老朽化やその他諸々の問題によって何年も前から建替保存論争の起きている建物でもあり、進展はこれを書いている2020年3月現在も決まっていない。今回は保存再生プロジェクトの企画に参加するという形で30日間カプセルを借り、生活をした。

2. カプセル生活(内側) - ビル内部

2-1. 試されるカプセル?

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最初に部屋に案内してもらったときの印象は「普通にきれい」だった。写真通りのレトロフューチャーで宇宙船っぽい、あのデザイン。
私に振り当てられたカプセルはオリジナルに近い形を残しつつ、後から手も入っているというものだった。壁紙は薄いピンクに張り替えられていてやわらかい印象。丸窓の他にもう一つ小窓がついており、換気ができる。据え付けの家具は撤去されている箇所があるものの、オリジナルの状態がよく残っている。撤去されてしまった机は色味を合わせた木製のものが新しく置かれていた。他はベッド、イス、エアコン、ミニ冷蔵庫、ゴミ箱、遮光カーテンが追加されていて、この家具類で部屋の半分以上は埋まってしまう。床も石畳のようなテクスチャに張り替えられており、前利用者の方が冷えるからという理由で置いていったラグが残されていた。

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据え付けの家具
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丸窓と後付けの小窓。丸窓は開閉不可。

長く使われていないカプセルや廊下の一部はかなりダメージが入っており、なんとなく「九龍城」という単語が浮かんだ。使用できるカプセルも築年数がすごいことにびびっていたけれど、天井に雨漏りのシミがあるのとユニットバスの形が古いくらいであとは本当に「普通にきれい」だ。水回りがちょっと怖いものの、水道もトイレも説明を受けた時点では問題なさそう。
給湯設備が機能していないためお風呂は使用禁止。キッチンもない。また室内での火器使用もアウトとのことで、自炊はちょっと無理そう。あとは洗濯機がない。入浴・食事・洗濯という生活上の基本的な活動を家の外でやる必要が出てくる。もともとが1970年代当時におけるエリートビジネスマンのセカンドハウス的な構想でつくられたものなので、そういうことについてはあまり考えられていないのだろう。
というわけで、普通の生活を送っていくにはなかなかチャレンジングな環境だ。のんびり対策を考える。

2-2. 居心地どうですか

誰もが知っているパースの中でしばらくは添景の人にでもなったような気分で過ごした。寝る人。本を読む人。コンビニ弁当を食べる人。なんだか本当にそういう役割だった気がしてくる。
だんだんわかってきたのは銀座といえどわりあい静かだということ。外の騒音はコンクリートの壁で遮蔽されるので都会の真ん中にしては落ち着きがある。また、通常の集合住宅だと上下左右に部屋があるので生活音が伝わってくるけれど、このビルでは各カプセルが独立しているのでそういうことがないのだった。唯一聞こえるのは玄関方面の音で、廊下の足音や話し声なんかは少し響く。
夏暑く冬寒いという環境は暖冬のせいかそこまで気にならなかった。基本的にずっとエアコンを回すことになるので冬場は加湿器があると便利かもしれない。
シンプルな空間はやっぱり丸窓の存在感が大きく、ついぽやっと窓の外を眺めてしまう。狭い空間は巣のようでずっと丸まっていたくなるような居心地だ。滞在の半分くらいはゴロゴロと木偶のように転がっていた。なにもしないということをする。

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窓からはこんな感じで外が見える

2-3. 時代は令和、暮らしは昭和

前述の通り、カプセルではいろいろな設備に不備が生じてしまっている。しばらく試行錯誤の後、生活はこんな感じに落ち着いた。

お風呂がない
基本の選択肢としてはビル内の住人専用シャワー、近隣の銭湯があげられる。今回はほぼ毎日銭湯通い、どうしても出かけたくないときだけシャワーをお借りするという形をとった。

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金春湯の看板。弓矢が釣ってある。魔除けかと思っていたら「弓射る=湯に入る」というかなり古式な洒落看板らしい。

カプセルからいちばん近い銭湯は銀座・金春湯。だいたい徒歩10分もあれば着くので基本的にここでお世話になっていた。14時から22時(最終入場21時半)までの営業。日曜はお休み。料金470円。
意外にも銀座には銭湯が残っていて、2軒あるうちのひとつがここになる。開業は文久3年(1863)というのでなんと江戸時代だ。銀座のメインストリート・中央通りから一本西に入った金春通り沿いのビル1階に位置している。こぢんまりとしていてそれほど広くないものの、2種類の湯舟、錦鯉と花鳥を描いたタイル絵が美しい。お客さんは近隣のご老人やお水の方が多い。
金春通りはかつて芸者さんが多く住んでいたところなのだという。現在もクラブ等々のお店が軒を連ね、日が高いうちに行けば出勤するママさんや女の子たちとすれ違い、暗くなってからはタクシーや黒塗りの高級車で渋滞している。そういう通りである。そんな場所をすっぴんだったり生乾きの頭で歩く日々で、どことなく世界線を間違えてるバグっぽさがあった。日常だけど非日常。

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途中からひな祭りモードになった

洗濯機がない

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洗濯について。これも大人しくコインランドリーに通うことになる。とはいっても銀座の町内にはコインランドリーが存在しないため隣近所まで出るほかない。調べたところ、いちばん近そうなのが新橋や築地のランドリーだったのでそちらを使わせてもらった。
洗濯に関しては時間のロスや手間が大きく、日常的にランドリーへ通うのは忙しい人だと厳しいかもしれない。世の中にはご家庭の洗濯物を回収して洗ってくれるランドリーサービスもあるようなので、長期的に住むならそういうものに頼った方が楽だと思う。

台所がない

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帝里加のチャーハン

台所なし・火器厳禁ということで食事は基本的に外食。部屋で食べる場合はお弁当や軽食類で済ませていた。
せっかく銀座が近いんだからいろいろなお店に行ってみようという探求心が最初はあったはずだったけど、カプセル周辺で飲食店を探すといきなり東京吉兆が佇んでいたりしておっかない。隣の汐留へ行ってみるとできる社会人風な界隈の人々が和気藹々とランチを楽しんでおり、なんとなく気が滅入る。
とはいえわざわざやって来てスーパーコンビニ続きでは味気ないので、とりあえずカプセル住人御用達の中華・帝里加を皮切りに気になるお店を回ったりしていた。銀座は価格帯が高いイメージがどうしてもあったけれど、探してみると意外にリーズナブルなお店も多く、お昼は安くて美味しいものが食べられることもしばしば。きちんと歩いたことのない街でちょこちょことお店を開拓できたのはよかった。

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窓のあのスペースはだんだん物置きになる

外出予定に風呂洗濯食事が組み込まれてくる生活。「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」の一節を思い出す。冬だし寒いし基本的には面倒くさいんだけれども、銭湯で人とちょっと会話を交わしたり、コインランドリーの待ち時間でぼんやりしたり本を読んだり、おいしいお店が見つかったり、そういう時間は悪くなかった。

2-4. 普通の家では起こらないことが起こる

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そのうち「ンョ゛ハー ゛」になってしまうのではないかと心配した看板

雨が降ったら警戒
滞在中何度か雨が降った。普通の家に住んでいるならなにも気にすることはないが、カプセルでは少々気を張る必要がある。漏るのである。
思えば初日に案内を受けたときから共用廊下にはバケツが転がっていた。むしろバケツはかわいい方で特大のゴミ箱やらなんやかやが置いてある。天井からビニールを張り管を下ろして排水している箇所もあり、なんかもう地下鉄駅構内顔負けだ。
自分のカプセル内にも雨漏りの形跡はあったのだけど、今回の滞在中は目に見える被害はなかったので助かった。
住人の方の話で「雨漏りは音で判断する」と聞いたことがあったので気にしていたところ、最後の方は水が来ているか来ていないかの感覚がうっすらわかるようになった。カプセル暮らしはサバイバル。

水回りは壊れるものという前提
平穏無事に半月ほど過ぎ、そんなに身構えることはなかったなと思い始めたあたりでトイレが詰まった。来た。幸い自力で直せるレベルだったので一通りの処置をして解決。ラバーカップと仲良しこよしの数日だった。
築48年、設備や配管のガタはどうしようもない。うまく修繕されることを願う。

長屋のようななにか
マンスリー利用者の方々とは細々と交流があった。皆さんバックグラウンドはさまざまで、カプセルの使い方も人それぞれ。私のようにずっと滞在している人もいれば、週末だけカプセルに来るという人もいる。たまに顔を合わせると立ち話からものの貸し借り、差し入れ、ご飯行ったり銭湯行ったりというイベントが発生したりしなかったりしていた。これも普通のマンションアパートではあまりない距離感で、個人的にはとても楽しませていただいた。
こんなバキバキにキマった建物の中にローカルを極めたような長屋的交流があるというのもおもしろい。お世話になった皆様ありがとうございました。

2-5. だんだん慣れてくる

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カプセルの隙間に巣くう鳩

困りごとについては一通り書いたものの、結局のところ思った以上に快適に過ごしていた。巣のように閉じた空間は快適で、とにかくゴロゴロしていた。
最初の数日はあの中銀でゴロゴロしている!ということを考えてしまって常に興奮気味だったものの、2週間くらいでクールダウンして落ち着きが来る。慣れる。丸窓を隠せば普通の部屋。
朝は渡り廊下に鳩が来る。部屋にいてもどこからともなく「くるっぽ」と鳴き声がするので不思議に思っていたら、どうも彼らはカプセルの隙間に巣食っているらしい。こういうのも住んでみないとわからないことだ。
名建築と呼ばれるものに関して、デザインが優れている空間がすごいというのはわかりきっているので、実際にそこで暮らしたらどうなのかということがずっと気になっていた。今回の中銀では住まなければわからなかった発見がたくさんあったので嬉しく思う。鳩もそのひとつだった。こういうことを知りたくてここに来ている。

3. カプセル生活(外側) - 銀座界隈

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銀座住めんの?というのがよそ者としてはまず第一の疑問である。銀座で遊ぶというのは難なくイメージできるけれど、住むというのは想像がつかない。自宅が銀座という人に会ったこともない。繁華街だし、百貨店はあっても生活用品は揃わないのでは。そんな不安を抱きつつ生活を送り始めた。

3-1. 地理感覚をつかもう

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とりあえずは地理感覚を養う。
まずはいちばん大きな中央通り。銀座といわれて思い浮かべる歩行者天国のあの道路。これが銀座の真ん中を南北方向に走っている。他にも中央通りと並行する形で東側に昭和通り・西側に外堀通りという大通りがあり、それぞれの周辺が東銀座・西銀座と呼ばれるエリア。南北方向の道と交わる東西方向の道は基本的に直線で、まっすぐな道路と直角の交差点に短冊形の土地が連綿と続いていく。そういう感じの町割だ。
銀座は北端の1丁目から南端の8丁目まである。有名な和光や三越の交差点がちょうど真ん中あたりの4丁目。カプセルがあるのは8丁目で、この町の南東のはずれ、かなり端っこのところに私たちはいるのだった。
カプセルから周囲の位置関係を見ると北に銀座の街があって南は汐留や浜離宮。東隣はすぐ築地、西に抜けると新橋の街に出る。カプセルの設計コンセプトにある通り、都会の前線基地として優秀な立地だ。
鉄道駅は徒歩だと築地市場:5分、新橋汐留:10分、銀座東銀座:15分、有楽町:20分くらいで到着する。

3-2. 住んでみた銀座

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基本的に人はいつでも多いけれどカプセル周辺は外れの方なのでそう混雑することもない。平日はビジネス街に買い物客とインバウンドを足したような感じで、日中から夜にかけて元気のある街だ。いちばん活気があるのは金曜日の夜。いつもより人も車も増え、通りが華やかになる。夜の街の名は伊達じゃない。そんな煌びやかな夜が明けると今度は土日でホコ天に休日の賑やかさが広がる。とはいっても休日の夜は比較的おだやかに落ち着いた時間が流れていたりして、時間やシチュエーションで印象はかなり変わる。深夜不思議に静かな瞬間があったり、昼間は人でごった返していた通りが早朝にはほぼ無人だったり、意外な表情があったりもする。

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住んでみて思ったのは結構ちゃんと下町だということ。デパートや高級店のイメージが強いけれど、町割はじめ雰囲気はじめ、ベースはやっぱり下町なのだ。私は長く西郊エリアに住んでいたので、なんだかんだあちらの方とは気風が違い面白さがあった。徒歩でも十分だけれど自転車移動が便利なサイズ感で、住むなら1台はあったほうがいいのではないだろうか。

日常的な買い物についてはドン・キホーテと肉のハナマサがカプセルのすぐ近くにありなんの問題もなかった。両店とも24時間営業でありがたい。特にドンキはコンビニ、ドラッグストア、ホームセンター、軽い衣料品店を合わせたような品揃えなので生活するうえで必要なものすべてが揃った。便利だった。
ハナマサは業務用メインのスーパーだ。ここを除くと銀座にスーパーはほぼない。お弁当はドカ盛りでおいしいが、一人暮らしで自炊をするとなるとちょうどいい量の生鮮食品が売っていなくて困るかもしれない。近隣に住んでいる方にお話を伺ったところ「野菜は都道府県物産館で仕入れる」という抜け道を聞いた。その手があったか。
この2店以外もコンビニ、ドラッグストア、ユニクロなどが歩いて行ける範囲に複数あるので生活用品には困らなかった。仮にカプセル周辺で買い物ができなくてもよその街に抜ける手段がたくさんあるので、東京が全滅でもしない限り食いっぱぐれることはないと思われる。

3-3. 裏路地の徘徊

銀座の街でいちばんおもしろかったのは裏路地だった。
街を歩いているとビルとビルの間に隙間がある。ちょっと進むのを躊躇するような幅だ。普通の街だとこんなところに入っても何もないのだが、銀座の場合、入ってみるとこれがなぜか通路になっている。半信半疑で進んでゆくとちゃんとどこかに抜けて、あやしげに見えた隙間が現役の道として生きているのだった。
路地はだいたいお稲荷さんとセットになっている。日常的に通っているとちらほらとお参りしていく人を見かけて、よくお供えにセブンの赤飯にぎりやおいなりが置いてあった。信仰が生きている。
金春湯の近くということもあって豊岩稲荷の路地は用もないのにしょっちゅう通っていた。まさかあんな所に道があるとは。こんどちゃんと記録を取りながら巡りたいと思う。

4. ひと月の終わり

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最終日の朝

とにかく不思議なひと月だった。
カプセルで目を覚ます。キューブ空間の中で適当に活動する。帝里加でチャーハンを食べる。近所を気ままに歩く。日が暮れたら金春湯に行く。いたって普通の生活をしているのに「これ現実だっけ」という疑いがなんとなく消えない感覚。楽しかった。
個人的な話をすると直前まで忙しい日々を過ごしていた。そんな時期が過ぎ、ふと休息、というか少し一人になりたくてこのカプセルを借りにきたのだった。あの空間でダラダラした日々のおかげで、すり減っていた体力なのか何なのか、説明しづらいけれどなにかが涵養された気がする。
数か月後、数年後、カプセルも自分もどうなっているのかわからない。それでも私のこのひと月はカプセルと共にあの空間にあった。それだけでいいと思う。
退出後、地方在住なので新幹線で帰路についた。東京駅を出て少ししたころ、車窓の向こう、汐留の駅の後ろにあの赤茶けたシャフトが見えた。ありがとう、さようなら。また会う日まで。

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追記(2023.08)
2021年に解体のニュースがあり、2022年に工事完了。現在「銀座8丁目16-10」のあの場所にはなにもない。カプセルはいくつか残り、各地で保存・活用されるとのこと。月並みだが、今後あの空間に新たに出会う人がたくさんいるといいなと思う。

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