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WIREのあった夏

今はもうなくなってしまったが、その昔「WIRE」(ワイヤー)というイベントがあった。と言ってもそんなに昔のことではなく、最後に開催されたのが2013年だから5年前の話。

WIREは、電気グルーヴの石野卓球さんが主宰して毎年夏に行われた屋内音楽イベントで、1999年の「WIRE99」から2013年の「WIRE13」にかけて計15回開催された。場所は横浜アリーナやさいたまスーパーアリーナなどの大型施設で、かかる音楽はテクノを中心としたエレクトロニック・ダンスミュージックのみ。フェスのようなもの…要はフジロックやサマソニのテクノ版だ。

※ただその発祥自体はいわゆるロックフェスとは全然関係がなく、ヨーロッパなどで盛んに行われるレイヴ(rave)を参考にしている。

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WIREの何がすごかったって、出演するDJやアーティストがめちゃくちゃマニアックだったのだ。もちろん、テクノが好きな人にとっては有名人ばかりなのだけど、レコードが何百万枚売れてるみたいなのでは全然なくて、そもそもちょっと特殊なレコード屋さんにいかないとCDが売ってないみたいなアーティストたち。そういう外国人を呼んで、なおかつ毎年お客さんを1万人集めていた。午後6時から翌朝まで、1万人が12時間以上踊り続けるのだ。

わたしは学生時分からテクノファンであったので、当然99年のときからWIREの存在は知っていた。ようやく機会に恵まれて、初めて行ったのは2003年さいたまスーパーアリーナでの「WIRE03」だったんだけど、これがけっこうなカルチャーショックだった。こんなにもたくさんの人がテクノで踊るところを、生まれて初めて生で見たからだ。

考えてみると、WIREを経験するまで、私のなかでテクノというのは常にプライベートな体験だった。中学・高校時代は同級生に音楽の趣味が合う友達なんていなかったし、ずーっとひとりで部屋でテクノを聴いたり、あるいは自分でシンセで作ったりしていた。

大学に入ってからはクラブにもよく遊びに行くようになったし、DJをすることも多くなっていたけど、それでもダンスフロアにいるのはせいぜい数十人まで。ちょっと大きめのイベントに行っても数百人規模というところ。インターネットをやっていたから、潜在的なリスナーが国内にもたくさんいるというのは知ってはいたものの、依然として心のどこかで、テクノはマイノリティーのための、マニアックな音楽というイメージを持っていたのだ。

それがこれだ…! わたしが高校生のころ、ひとりで部屋に籠りきりで浴びるように聴いたケンイシイの"Extra"で、1万人が踊っている! 好きな曲をライブででかい音で聴けたという感動もさることながら、このひとつの空間で、これほどの人数がテクノで踊っているというビジュアルがショックだった。この感激がうまく伝わるだろうか。

ちなみに、WIRE03はViewsicという局(現MUSIC ON! TV)が主要なDJ/アーティストのステージをすべて映像に残し、フル尺でオンエアするという頭のおかしい快挙を成し遂げたおかげで、YouTubeにも大部分の映像が残されている。全15回のWIREのなかでもかなり異例の回だ。

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とりわけ強烈な印象を残したのが、セカンドフロアでのChris Liebingのパフォーマンスだった。ターンテーブル3台と、当時まで出始めたばかりだったデジタルDJシステム、それに謎めいた半球状のエフェクターを使った、地獄のように畳み掛ける真の男の暗黒4つ打ちハードテクノで、2時間取り憑かれたように夢中で踊った。暗闇と光と群衆と、内臓に叩きつけるキックドラムで頭が真っ白になり、自我が溶けだすのを感じた。わたしは今でも、テクノのことを何も知らない宇宙人に「テクノとは一体何か?」と訊かれたら爆音でこの動画を見せると心に決めている。

いまはViewsicの録画をChris Liebing本人が自身のYouTubeチャンネルにアーカイブしている(権利的にどうなのかは知らない)。

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その後、WIREには計9回遊びに行った。規模が大きいとはいってもニッチなジャンルのイベントなので、行けば誰かしらに会うし、WIREでしか会わないようなテクノ友達もたくさんいた。

いくら世の中的にエレクトロやEDMがブレイクしようとも、卓球さんがWIREで招聘するような本流のテクノ(敢えてこう書くけれども)は何年経ってもマイナーで、WIREに行くたびに「こんなにもたくさんの人がテクノで踊っている…」という驚きを新鮮なものとして感じた。

WIRE12@横浜アリーナ

そんな、いつしか夏の風物詩となっていたWIREが2013年に「休止」してから早5年。ダンスミュージックのフェスは数あれど、テクノに特化したWIREほどの規模の屋内イベントは国内では未だ開催されていない。WIREのあった夏のことを今でも思い出すし、いずれまた復活する日に備えていきたい。

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