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【769回】北海道自転車1周記2日目(赤平→美瑛77km)〜語る男性、ナベ、呪文

199X年8月  
2日目
赤平〜芦別〜富良野〜中富良野〜上富良野〜美瑛 77km
走行時間 5時間4分


PART1.駅の利用者

根室本線平岸駅のベンチに、アルミマットを敷き、シュラフを使って寝る。
初めての駅寝。起きたら朝6時。たっぷり眠ることができた。

さて、ここは駅だ。朝だ。考える。
北海道の駅の朝。通学列車。利用者がいる。8月。夏休み。それほど利用者はいない?
しかし、まずは荷物を片付けなければ。

荷物を片付けている途中に、一人、駅舎に入ってきた。慌てて、片付ける。50代か、60代か、だいぶ人生を歩まれてきたと思われる男性と目が合う。

PART2.朝ご飯をほうばりながら

男性にとっては、僕は明らかに異質な存在であろう。寝袋もある。ここで一泊したのも、わかったのだろう。僕が何者なのか、問いかけてくる。僕は札幌の学生で、自転車で北海道1周の旅行中だと語る。男性は、聞いている。朝ご飯をほうばりながら。もぐもぐと。
朝ご飯を駅で食べる。彼は毎日、ここでご飯を食べているのだろうか。彼の空間を邪魔していないか。今の僕なら「嫌な気持ちにさせてないか」と考えすぎる。だが、当時の僕は「仕方ないじゃないか」と開き直っていただろう。もし叱られることがあれば、その時はその時なのだ。
男性は、朝ご飯を続いて食べる。食べながら、語りだす。自分の家族のことを。車に乗っていたけれど、乗れなくなったことを。そしてこれから仕事で、列車に乗って通勤するということを。ただただ語っていく。僕は、戸惑う。知らない中年男性から、語られる経験なんて、ほとんどなかった。なぜ、僕に話すのか。僕は無関係じゃないか。とはいえ、「何の目的で、僕に話すのですか?」とは聞けない。ただ、うなずいて聞いていた。

「富良野の温泉に、入るといいよ」

そう言って、男性は列車に乗って仕事に行ってしまった。
僕は、男性を見送ったあと、荷物を自転車に積み込んだ。
これから、様々な人々と出会うことになる。まだ10代後半だった僕にとっては、未知の世界の扉を開いていくような日々であった。


PART3.セブンイレブンで

赤平市の隣、芦別市のセブンイレブンに立ち寄る。朝ご飯を食べていると、こちらに自転車に乗って向かってくる男性が見える。自転車旅行者だ。彼も立ち止まる。

ここから、「どこから来た?」とか「今日はどこへ?」とか、旅行者同士の会話が始まる。情報交換だ。
この旅行は20世紀末。スマホはない。
「ここらへんにコンビニあるかな」と思っても、2024年の今のように、一人でアッサリと探すことはできない。
実際に足を使うか、誰かに尋ねるか。あとは、「コンビニくらい、駅前に行けばあるだろう」などと自分の勘に頼るか。
ちょっとした冒険気分になる。


PART4.ナベを積む男

彼は、山形から来たらしい。学生同士、話が進む。
しかし、何よりも気になったのは、ナベだ。自転車にナベをくくりつけている。
このナベはどう使うのか。カセットコンロでも持ち歩いているのだろうか。
当時の僕は、なぜナベについて質問しなかったのか。もったいない。

山形から来た彼は質問してきた。
「札幌のコインランドリーを知らないか」
札幌のどこの?そして、コインランドリーを使ったことがない。
「知らない」と答えた。

「札幌に行くのに、国道12号線と275号線どちらいいか」
札幌のどこに行くの?国道12号線なら札幌市東側から、275号線なら札幌市北側からのアプローチになる。
僕は答えなかった。彼は、悩みながら、行ってしまったからだ。

当時の僕に、質問の真意を知るために、聞き出すような言語力はない。
あったのは、「ま、いっか」という、能天気さだ。

会話が上手くいかなかった?そんな悩みに割く暇はない。
今日は、丘が広がり、花が賑やかな、富良野・美瑛を走るのだ。進まねば。


199X年 芦別駅

PART5.それでも話しかける

スマホがあったら、すぐにその場で調べる。一人で解決しようとするだろう。繰り返すが、1990年代後半の記録だ。スマホはない。わからないことがあれば、地図で調べるか、勘に頼るか、人に聞くか。行動することになる。
自転車旅行者に出会ったら、話しかけたくなる。同じ形の旅行をしている者同士。同調するものがあるのだろう。

富良野駅には、ライダーや自転車旅行者がたくさんいた。自転車をバラして、袋に入れている男性がいた。話しかけてみた。彼は言った。
「これからJRに乗って釧路まで行く」

そうか。富良野から新得へ抜けて、帯広そして釧路へと、JRは続いている。
そうか…。この当時は、思いもしない。2024年3月。富良野からJRに乗って釧路に行くことはできなくなる。
鈍行に自転車を積んで、北海道を旅行をする。そんな自転車旅行者が、のんびりした空気があったのだ。

彼は、釧路から摩周湖へ行くという。スタートこそ、札幌から内陸部の美瑛めがけて走ってきた。しかし、美瑛での用事を済ませたら、日本海側に出て海沿いを走っていけば、北海道1周となる。摩周湖は、釧路から内陸部に入るから、この時点では行かないと思っていた。前振りですね。このあと、結果的に、摩周湖まで自転車で行くことになる。


199X年8月 富良野駅にて


PART6.僕はさらに、水だ

富良野ではローソンに寄ったらしい。
そして、カッパを何かにひっかけて破いてしまったらしい。
雨が降ってきた。カッパはない。またずぶ濡れか。
花を観察するどころではない。ラベンダー、丘の景色。富良野から中富良野、上富良野と走る。雨の中。立ち止まっても濡れるだけ。進んでも濡れるだけ。
早く、美瑛へ。目的地は、美瑛市街から20kmさらに山間部。白金温泉である…!
平岸駅で出会った男性は「富良野の温泉はよい」と言ってくれたけれど、美瑛の温泉に向かう流れは確定していた。ごめんなさい。
それにしても、市街地から目的地までさらに20kmか。
北海道よ、北海道よ!広い!


PART7.呪文を唱えながら

白金温泉は、十勝岳の中腹にある。向かう道は当然、上りである。
上富良野から美瑛市街を通らず、白金温泉に抜ける道がある。今でもはっきりと思い出せる。登坂の苦しみを。

坂道が始まる。まっすぐ登る。カーブを曲がる。まっすぐ登る。カーブを曲がる。まっすぐ…。同じ景色を繰り返しているのではなかろうか。「くっ、この坂はいつ終わるんだ」まるで呪いをかけられているかのようだ。
呪いを誰かにかけられるくらいなら、自分で自分に呪いをかけたほうがいい。
僕は呪文を唱えながら、坂道を登る。
「ゆっくりゆっくり、たっぷりたっぷり」と言いながら登る。
ゆっくりでも、たっぷり時間をかけても、足を動かしていけば、目的地に着ける。
止まってしまったら、どうなる?坂道の途中で、ペダルに力を込めるには、強い力と精神力が必要になる。だから、できるだけ、止まらないようにこぎ続ける。

上富良野からどれくらい時間をかけたのだろう。白金温泉に到着。
到着後、すぐに宿のベッドで横になる。そして、合宿に参加する。
学生時代、参加していたサークルの合宿だ。

他のメンバーは自家用車。
自転車で、サークル合宿に来た人は初めてらしい。

さあ、歌え、楽しめ。

合宿が終わったら次は、旭川だ。

2日目は、これでおしまいです。
ありがとうございました。