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ひとつ残らず、ぜんぶ愛 /1


どこが好き?わたしのどこが好き?

なんて聞かなくても分かる





彼はわたしの眉をよく撫でる


眉の緩やかな曲線を優しくなぞったあとは

決まって優しくキスをする

彼はよくわたしの眉に見惚れていて

わたしはそんな彼の視線に熱くなる

この熱は、照れからじゃなく

きっと嫉妬に似たものから出来ている

わたしはわたしの眉にさえ嫉妬している

それがおかしいことは分かっている

わたしの眉はわたしの一部だから

彼の気持ちは

わたしに対するものに変わりないはずなのに

眉だけ、わたしとは別物に思えてしまう

そのたびに自分が

どこにいるのか分からなくなる





彼とは大学2年の春に出会った








外は朝になったばかり

まだ酔いが覚めきっていない体を

無理矢理起こしてベランダに出た


彼はすぐ隣で眼鏡をしたまま眠っていた

名前が何だったか思い出せなかった



サークルの先輩たちと家で飲んでるから来てよ



と凪ちゃんに言われて取り敢えず行くことにした

少し顔を出したらすぐ帰るつもりが

結局タイミングを逃して朝を迎えた

空気を大きく吸い込んで、早朝の匂いを味わう

体の中の副流煙がスッと消えていく気がした

凪ちゃんちのベランダで空気を吸うのが

すごく好きだ


今回は6人

2人は夜のうちに帰って

部屋には凪ちゃんと先輩2人が寝ている

人が多い方が自分が喋らなくて済むから楽だ

でも飲む量と煙たさは集まった人数に比例する

だからどっちもどっち


そういえば会わないうちに凪ちゃんの煙草が

ウィンストンからパーラメントに変わっていた

今、凪ちゃんが好きな男の人は

パーラメントを吸ってるのかな



そんなことをベランダでぼーっと考えていたら

誰かが戸を引いてベランダに出てきた

振り返ると

眼鏡をしたまま眠っていた彼だった

わたしが 「おはようございます」 と言うと

彼は優しくかすれた低い声で同じ言葉を返す

彼の「おはようございます」はわたしに

小学校の国語の授業を思い出させた

先生のあとに続いて、言葉の意味を含まずに

ただ音として読み上げたあの感じがした





彼はわたしの隣に座って2回のあくびをしたあと


優ちゃん


とわたしを呼んだ

彼はわたしの名前を覚えていた

それなのに、わたしは彼の名前が思いだせなくて

少しの罪悪感をおぼえながら

ん?と首を傾げて彼の顔を覗き込むと、

やっぱりすごく眠そうだった

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