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ひとつ残らず、ぜんぶ愛 /2

覗き込んで5秒くらい経ってからやっと彼が喋った


「寝れた?」


まだ半分しか開いていない目で

空のほうを向いていた彼が

こちらに視線を向ける 顔が近い


「うーん、割と寝れました」


と応えながら今度は私が空の方を向いてみる


「そう。良かった」

と言って彼もふたたび空を眺める

あーほんと、名前なんだっけ


「寝れましたか?」


「割とどこでも寝れるタイプだから寝れたよ」


「良かった」


彼のおはようございます

みたいにわたしも彼が言った言葉を

音だけで繰り返してみた


「どこらへん住んでるんだっけ?」


「北口のドラッグストアわかりますか?」


「んーコンビニのとなりの?」


「そう、駅あってコンビニあってその隣に
 ドラッグストア、うちはそのまた隣です」


「あーかなり良いところ住んでるね
 タワマンじゃない?」


「うん、でもお金持ちとかじゃなくて
 お父さんの持ち物なんです」


彼が納得いかない顔をする


「あの、うち母子家庭なんですけど、大学からは
 お父さんに色々助けてもらってます」


「そうなんだ」




途切れながらもなんとなく会話は続いた

その間、彼は2、3本

気持ちよさそうに煙草を吸った

彼の煙はなんか平気

なんでだろう


日が完全に昇ってから

凪ちゃんともう1人の先輩を起こさないように

わたしと彼は部屋を出た

もう1人の先輩の名前も思い出せなかった

凪ちゃんの家は駅から徒歩10分

わたしの家は駅から徒歩1分


送らなくて良いと言われたけど

彼と一緒に駅まで歩いた

彼は

またね

と言って改札を抜けた

わたしは同じ言葉ではなく

気をつけて

と返す

ホームまでの階段を降りる前に

彼がもう1度振り返って、大きく手を振った

遠目で見て初めて

彼の背が高いことに気がつく

背が高いだけじゃなく

体を半分こちらに向けて手を振るだけで

こんなにも絵になる彼に驚きながら

小さく振り返した



その日は結局

最後の最後まで

彼の名前を思い出せなかった

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