マガジンのカバー画像

よちよちクリスチャンの聖書ノート

198
幼子のようなクリスチャンの私が、幼子のような目で聖書から発見した真理をお伝えします。
運営しているクリエイター

#黙示録

聖書は本当は何と言っている?

聖書、それは一体誰のものでしょう。 聖書自身が次のように教えています。 世の中にはたくさんの聖書解釈があります。そして、それらは必ずしも一致するものではありません。そんな教派の一つを、自分の信じるものとして採用してしまってもいいものでしょうか。イエス様の時代、パリサイ派とサドカイ派、どちらが正しかったでしょう。 残念ながら、どちらも間違っていました。 人々が真理に立つには、主流派の神学から脱出する以外になかったのです。 正しいのは、神の言葉、聖書だけです。つまり、私たち

バビロンから出ておいで

はじめに聖書には「バビロンから出ておいで」というメッセージがあります。 「バビロンから出て、私の所へおいで」と主が招いておられるのです。 このことは、黙示録でも繰り返されています。 これは何を意味しているのでしょうか。 ここに、絶対に知っておかなければならない事実があります。 なぜならこれは、私たちにとって、命に関わる呼びかけだからです。 黙示録のバビロン黙示録に出てくる大淫婦バビロンは、多くの神学者が認めるとおり、背教した教会のことです。 「背教した教会から出て

大患難時代に教会という言葉が出てこない本当の理由

はじめに黙示録の大患難時代を説明する箇所には、「教会」という言葉が出てきません。 それである人は、「患難時代には地上に教会がない」と教えます。 これは本当でしょうか。 患難時代には教会がない?黙示録の一章から三章までは「教会」という言葉が出て来ますが、それ以降は出てきません。次に「教会」が出てくるのは、最終章です。 「それは、地上に教会が存在しないからです」 そんな説明を聞いたことがあるかもしれません。 単語が出てこないから、それは存在しない。 あまりにも強引な解釈

やさしく解説「ヨハネの黙示録」

はじめにヨハネの黙示録は、終末に臨む私たちが、絶対に学んでおくべき書です。 今回、細かな点は扱いません。 この書を学ぶために重要な点だけを、簡単にお伝えできればと思います。 決めつけずに読むヨハネの黙示録は、未来の出来事を扱っているため、はっきりと答えを出すことが難しい書です。 にもかかわらず、たくさんの神学者が、じつにはっきりと、それぞれに違った答えを造り出しています。 まずは、これらに惑わされないでください。 このブログに書かれたことも例外ではありません。 「そう

教会についての三つのキーワード

はじめに教会を表すキーワードが三つあります。 燭台、神の宮、奥義です。 これを理解しないでは、今起こっていることを正しく知ることはできません。 とても重要なことですので、ご一緒に確認していきましょう。 キーワードその1「燭台」燭台は教会を表すのだと聖書に書かれています。 世間では、建物のことを教会と呼びますが、 聖書のいう教会とは、クリスチャンのことです。 燭台は、神様への道を照らす光であり、私たちがその光なのです。 本来、クリスチャンは、「善い行い」をして、人

七の周期に見る、世の終わり

はじめに私たち人類は、日、月、年などの周期をもって生活しています。 これらの周期は、天体の動きから、いつでも確認できます。 ところが、週はどうでしょう。 この周期だけは、どの天体からも観測することはできません。 にもかかわらず、古来より、人類はこの周期を使って生活してきました。 最も古い文明とされるメソポタミアでさえ、すでに週制度を使っていたのです。 一体、この七の周期はどこから来たのでしょうか。 聖書だけが、その答えを教えてくれます。 神の働かれる周期七の周期は、

サタンの策略と大患難

はじめに最近、病院の待合室で久々にテレビを見て、ある違和感を感じました。 お昼の情報番組だったのですが、司会者もコメンテーターも、どこか気をつけてしゃべっているように感じられたのです。 ああ、そうかと思いました。 下手なことをしゃべると、SNSを通して誹謗中傷を受けるからです。 いつの間に、人はこんなにも攻撃的になってしまったのでしょうか。 なぜ、人はこんなにも寛容さを失ってしまったのでしょうか。 どちらの町に住みたい?客観的に考えてみましょう。 二つの町があったと