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スワロー亭のこと(8)唐突に本オープン

1日限りのプレオープンが終わり、ひと息ついていたところに、ときどきお客様がみえた。古本を仕入れさせていただいているバリューブックスの方もようすを見にきてくださったし、かねてより奥田と交流のあるミュージシャンの方が小布施へライブに来られたついでに寄ってくださったこともある。

いろんなかたちで、遠く近く自分たちとつながっている人たちが、関心を寄せてくれていることは、単純にうれしかった。

町内の友人が、ちょっと話をしに立ち寄ることもあった。店舗で明かりをつけて話していると、通りすがりに「あれっ?」と思うのだろう、見知らぬ人がときどき扉を開けて、「ここは店ですか?」と入ってくることもあった。

仕事上でもちょっとした打合せなら、店舗でできた。自宅だったり、単なる個人事務所というのでは、なかなか立ち寄りづらいかもしれないが、「店」と位置づけると訪ねやすいということはあるのだろう。気軽に寄ってもらえるのはいいことだし、自分たちも気楽だ。とくに中島は「お客様を迎える」などというと肩に力が入りすぎるから。

そうやって、自分たちの居住空間のなかに生まれた「半分よそゆき」の空間は、場所と人間とがお互いにようすをうかがったりちょっと気遣ったりしながら(場所がそのシチュエーションをどう思っていたか、ほんとうのところはわからないが)、すこしずつ生活になじんでいった。

本オープンをいつにしようか? 年明けからか、それとも雪どけを待ってか。

ころあいを見計らっているところへ奥田が「年末、ちょっと開けようかな」といいだした。あまりピシッと始まるのはいまひとつ居心地がよくないのか、「ずっと前からそこにあったかのようななじみ感」の演出の一環としてなのか、なんとも半端なスタートを提案された。

今回もまた「断る理由もないし」という理由で、提案を受け容れることになった。

オープン日は暮れも押し迫った2015年12月29日。「開けようかな」といわれた翌日である。まだ雪らしい雪も降らず、穏やかに晴れた日だった。

前日の急な告知だったにもかかわらず、この日もどこからか情報を入手して訪ねてくださる人があった。ありがたかった。

同年秋、敷地内に建てた住宅に奥田の母親が引っ越してきた。それまで住んでいた大阪市内の家から、母親の引越しに合わせて家財を引き揚げてきた。そのひとつにアップライトピアノがあった。奥田の姉が子ども時代にピアノを習いはじめた際に買ったものだといい、奥田もレッスンこそ受けたことはないものの、自己流で弾いていたようだった。

引越し業者に運んでもらったそのピアノを、スワロー亭店内に置いた。「店でライブもやりたい」というのが開店前からの奥田の希望で、ピアノもそのツールのひとつと位置づけられていた。

ちいさい古本屋の店内で、ピアノはあるじ然とした存在感を放っていた。12月30日には、来店された家族のお子さんが鍵盤を叩き、ひととき店内は賑わった。オープン3日目に当たるこの日が、年内最後の営業日となった。

自分たちの店だから、自分たちがよしとすればなんでもできる。新しいことを始めてもいいし、やっていたことをやめるのも自由。360度、どちらの方向へ進んでいくかも自分たちが決めればいいし、決めずに風まかせで進んでいってもいい。立ち止まってもいい。なんでもできる。

年始休みを挟んで、開店初日は2016年1月9日。気分的にはこの日が「本オープン」という感覚だった。ここから基本的に12:00〜18:00を営業時間、水・木曜日を定休日とした。

当初のお客様はやはり近隣の友人知人が主だったが、遠来のお客様も立ち寄ってくださるようになった。いながらにして、いろいろな人たちと会える。互いに気軽に集まれる。生まれて初めて体験する「自店」という空間は、商売の場所というよりも先に、不思議におもしろいコミュニケーションツールだった。

(燕游舎・中島)




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本や各種印刷物などの企画・編集・執筆・デザインをはじめ、いろいろ制作をおこなう燕游舎(えんゆうしゃ)と、燕游舎が運営する古本屋スワロー亭のnoteです。
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