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スワロー亭のこと(22)本屋増殖

すでに述べたと思うが、2015年にスワロー亭を開店したとき、小布施町内にはほかに本屋がなかった。本を売っている店はあったが、飲食店の一角に書籍コーナーがあるなどのスタイルであり、本をメインにあきなう店ではなかった。古本屋とはいえスワロー亭は小布施で唯一の、広義における本屋となった。

2015年以前はどうだったのか。

小布施にもかつて本屋があった。

中島の記憶にあるかぎりでは長野電鉄小布施駅前にあった平安堂が、当時としては町内唯一の本屋だった。

平安堂といえば長野県内では最大のチェーン書店で、長野市を含む北信はもちろん、東信、中信、南信にも支店がある。なかでも長野駅前の平安堂はおそらく県内最大規模の品揃えで、奥田と中島もとくに「これ」という目当ての本がなくてもたまに行きたくなる場所だ。

その平安堂の支店が、小布施駅前にも存在した時代があった。ただ店舗面積はかなり小さく、扱う本も小布施をはじめとする地元の素材・テーマを扱ったものや旅ガイドなどの情報誌を中心としており、記憶はかなり薄れているが、今から思い返すと駅前のガイドセンターを兼ねた情報発信所のようなイメージの場所だった気がする。

内実はともかく「本屋」はあったのだが、いつのまにかその平安堂が撤退して、しばらく建物は空洞だったのではないだろうか。そしてまた時を経て、気づけばそこは観光案内所になっていた。2021年1月現在は建物の半分がガイドセンター、半分が町内の大手栗菓子店の一つである桜井甘精堂が経営するカフェとなっている。ちなみに同カフェの栗ソフトクリームはおいしい。

話を本筋に戻して、本屋と呼べそうな本屋がスワロー亭以外に見当たらない小布施に、ある日一人の男性が訪れ、スワロー亭の扉を開けた。

店に入ってきたその人は、怪訝そうな表情を浮かべて店内をぐるりと見回しながら、奥田に話しかけてきたという。

概略は以下のとおり。

自分は長野市内の自宅でインターネット古書店をやっている。リアル店舗を経営したいと思い、自宅から近く、大勢の観光客で賑わう小布施で開くのはどうだろうかと考えて、物件を探していた。ところが実際に小布施へ来てみたら、あろうことか古本屋がすでに存在していた。なんだ、すでにあるのか、これはどうしたものか……と驚いて飛び込んでみた次第。

男性に応対した奥田は「そういうことならぜひ小布施で一緒に古本屋をやりましょう。物件がみつかるといいですね」というような受け答えをしたもよう。スワロー亭も小規模な古本屋なので、1軒きりでやっているよりも古本屋仲間が増えたほうがおもしろくなる予感はたっぷりとある。

物件といえば。

自分たちがかつて賃借しようとかなり本気で考え、家主さんと交渉を進め、しかしなんらかの事情によって話が頓挫、中断した古い家屋があった。奥田、中島の知るかぎり、おそらくその時点でも空家であるはずだった。

その家屋はかなり年季が入っている。白塗りの立派な通り門があり、それをくぐって敷地へ入ると外観上は総二階の住宅。通り門部分も内部を改装して居住スペースとして使える仕様となっている。広い庭を真ん中に置いて家屋の向かいに土蔵。奥にシャッター付きの車庫。さらにその奥にはおそらくそのお宅の屋敷畑と思われる農地が広がっている。敷地が広大なら家屋もどでかい。玄関をあがるといきなり2間続きの広々とした座敷。それを囲んで左右に複数の個室、奥にダイニングキッチン、風呂、トイレ、漬物蔵ふうの小部屋などもある。内部は一部が吹き抜けのような高い天井、そして一部に2階部分の床が張ってあり、おそらくかつて養蚕をしていた跡。通り門は1階部分だけでなく2階にも個室が増設されており、階段をあがる途中には中二階のようなかたちでうっかりするとその存在を見過ごしてしまいそうな隠し部屋ふうの個室もある。敷地内を流れる細い水路や坪庭的な植え込みを屋内から眺めることも可能。一時は本気で自分たちが住もうとしていた非常に魅力的な物件ゆえ勢い余って詳細を記述してしまったがなにしろ巨大ハウスだ。

自分たちは事情により住むことができなかったが、友人知人から「小布施で家を探している」という話を聞いて、何度かその家屋を紹介したことがある。物件の間取りや仕様が望みと合致せず断念した人もおり、なかには実際に内覧をして気に入り、家主さんとの交渉に臨んだ人も何人かいた。

しかし契約・入居にまでたどり着く人はなかなか現れなかった。

築100年を超えると思われる物件は、居住するにあたりあちこちメンテナンスせざるを得ない。水回りはもちろんだが、一部長押が湾曲したり、床が抜けそうになっている箇所もあった。またもともとそこに住んでおられた方の所持品が、住み終えたときの状態のままで積み上がっており、それを片付ける必要もあった。床面積・敷地面積ともあまりに広く、その広さ自体が仇になったケースもあると思われる。

店舗用物件を探しているというなら、その中古住宅はなかなかよいのではないか。古本屋という業種であればなおさら、その古さや広さも似つかわしいように思われた。一般に古本屋は「倉庫業」と暗にいわれるほど場所を必要とすると聞いている。

それまでに何度もその物件を紹介したものの、最終的に入居には至らず、という体験をかさねてきていたので、そのときも「ダメ元で」くらいの気持ちではあったが、小布施での古本屋開店を希望するその男性にも、物件情報を伝えた。2016〜17年ころのことだった。

前後して、ひとまず彼との縁をつないでおきたい気持ちもあり、奥田と中島が小布施への転居時から実行委員会メンバーとして参加している「境内アート小布施×苗市」というイベントに彼を誘った。イベントはアート部門、クラフト部門、飲食部門、一箱古本部門からなっていた。一箱古本とはリンゴ箱1箱程度の小規模出店枠で、プロの古本屋に限らず本好きな個人も気軽に出店し交流を楽しもう、という趣旨の部門。東京の谷根千で例年開催されるブックストリートの発想に学んで小布施で始まったもの。彼が実行委員として参加することになったのを契機に、プロの古本屋を対象としたもう少し大規模な出店枠として古本部門を新しく設けることになった。古書組合に加盟している彼が、プロの古本屋さんを誘ってくれた。

さてまたも脱線しかけている話を元に戻すが、結果としてその中古家屋は彼の手によって古本屋に生まれ変わった。

山積みだった家財を、友人知人の手を借りながら自力で処分し、境内アート小布施×苗市実行委員メンバーの建築士さんに依頼して店舗としてのリノベーションをおこない、飲食部門まで同時に立ち上げることにして厨房設備も整え、2019年夏、彼は古本屋オープンに漕ぎ着けた。そこに至るまでのプロセスで、「大丈夫かなあ」「できるのかなあ」と口癖のようにつぶやいていた彼だったが、その口ぶりからは想像もつかないようなすばらしい決断力、行動力、推進力を見せた。

名前は「じゃらん亭」。開店に至るまで、なにかと経過報告や相談にスワロー亭を訪れていた彼が、ある日店名案を携えてまたやってきた。小布施町内に2軒ある古本屋がどちらも「亭」だと覚えにくいんじゃないかという気もしたし、長野に「ちゃらん亭」というラーメンチェーン店もあるので、ちょっとアレンジを加えて「じゃらん堂」にしてはどうか、いっそ「ギャランドゥ」(おわかりの方がどれほどおられるのか不明だが、ありし日の西城秀樹の持ち歌タイトル)にしては、などと勝手な代案も出してみたが、ご本人が「じゃらん亭」を気に入ったようで、そのまま決定となった。

そのような経緯で小布施に誕生した古本屋「じゃらん亭」は、とにかく店舗が巨大だ。店主氏はもともとネット古書店を営んでいた人なので蔵書も豊富。おまけに店内でお茶も飲めるし軽食も食べられる。スワロー亭とは扱う分野もそれほどかぶらないので、古本好きのお客さんが双方をハシゴしても楽しめるだろう。いい店が生まれたものだと奥田と中島も喜んだ。

さらに、じゃらん亭オープンの翌2020年秋には、もう1つ新しい本屋がオープンした。「本有」と書いて「ほんぬ」という。仏教用語で「本来的な存在」「初めからあること」などの意味をもつ言葉だが、本屋の「本」と店主氏の名前「有」をかさねた店名。店主氏はデザインの仕事をしている人で、これまた境内アート小布施×苗市を一緒に運営する仲間でもある。本有はこぢんまりとしながらもかなりエッジの立った本屋で、写真集やzine、画集、絵本などをメインに展開。近所の本屋では見かけないようなラインナップで、凝った造本が目を引くアイテムも多い。

おもしろくなってきた。

じゃらん亭と本有、スワロー亭はなんとなく1本の動線でつなぐことができるような配置でもある。3店舗を拠点として本を核に据えたイベントのようなことも仕掛けられるのではないか。

もっともっと本屋が増えて、町内にブックストリートを形成することも夢ではないかもしれない。

本屋をやりたい人々よ、来たれ小布施へ。

などなど、妄想が膨らんだ。

(燕游舎・スワロー亭 中島)

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