はじめてのCDは「好き」の表明、人間の温度
私は「人がつくったもの」が好きです。
もっと言うと、人がつくったものに自分が出会い、好きになる、そこに生まれる「縁」と「熱量」に言い知れぬトキメキを感じます。
大人になると出会いも多くなりますが、子どもの頃は世界が狭かったぶん、出会いの密度が濃かったような気がします。
だからこそ、小さいときに何かを好きになって、自分から「これがほしい!」と思い行動することは、今より遥かにエネルギーのいる自我の表明だったのではないかしらと思う今日この頃です。
そんな私がはじめて自分で買ったCDは、ハチ(米津玄師)さんの『OFFICIAL ORANGE』というアルバムでした。
生まれてはじめてCDを買ってひしひしと感じたことは、作り手の熱量、そして自分自身が何かに夢中になることへの興奮という、紛れもない「人間の温度」です。
今回は、『OFFICIAL ORANGE』の紹介と購入にまつわる個人的な思い出を綴れたらなあと思い、記事を書きます。
このアルバムの購入記は、「好きなものを好き」と親に言えなかった私の、ちいさな成長譚でもありますので、よかったら覗いていってください。
OFFICIAL ORANGE とは
米津玄師が、「ハチ」名義で2011年にリリースした、自身2枚目の自主制作アルバムです。アートワークも含め、すべてひとりで制作されています(たぶん)。
まずは細かいこたぁいいので、ジャケットを見てください。イカしてませんか!
CDケースをパカッと開くとさらにイカしているのですが、私のように開ける楽しみを持っている方もいらっしゃるかもなので、写真はやめときます。
動画やアートワークも自分ひとりで手掛けてしまうハチさんは、作品のコンセプトを視覚的にも聴覚的にもデザインし、表現するのに長けている方だなあと感じます(彼の本質はミュージシャンというよりストーリーテラーだと私は思っています)。
ご存知ない方のために紹介すると、今や「Lemon」や「パプリカ 」などで日本のポップカルチャーを揺るがす存在となっている米津さんですが、元々は「ハチ」という名前でニコニコ動画にVOCALOID楽曲を投稿されていた方でした。
当時のMVを観ても、彼の「デザイン」の上手さがわかっていただけるのではと思います。
VOCALOIDシーンを牽引してきた彼の、ハチ名義後期の楽曲が詰まった贅沢な1枚が、この『OFFICIAL ORANGE』です。
はじめてのCDは「好き」の表明
このCDを買ったとき、私は親に自分の「好き」をハッキリ表明できない、気弱な中坊でした。
私はその頃友達の影響でVOCALOID楽曲を聴き漁っていて、特にハチさんとwowakaさんを応援するようになりました。
しかし、私はそのことを親に言うことがなかなかできませんでした。
それは、親が加工した歌声を好きじゃないこと、またVOCALOIDのビジュアルや文化を受け付けなさそうなことを知っていたからです。
何なんでしょうね、思春期特有の(?)、親に趣味を打ち明けるのが恥ずかしいというか、謎に遠慮しちゃうあの感じ……。
VOCALOIDって歌っているのは機械だけど、アマチュアの土壌に立っている文化だからこそ、プロの曲に劣らない、むしろそれ以上の「作り手の温度」が感じられるモノづくりの場なんだよ!
…と今となっては言えますが、その当時は恥ずかしくて、親にはとても話せませんでした(あれ、今でも恥ずかしいか)。
けれども、毎日こっそり親のパソコンで動画を再生するうちに、「好きな人の作品を、形になったものを、手元に置いておきたい…!」と強く思うようになりました。
そこで私は生まれてはじめて、自分のお小遣いでハチさんのCDを買うことにしたのです。
そのときの『OFFICIAL ORANGE』は自主制作盤しかなくあまり流通していなかったので、慣れないパソコンの前で汗水たらし、やっとこさ「とらのあな」か何かで在庫を発見、死ぬ気でポチったことを覚えています。
親の好みにあまりそぐわないであろうモノを購入するというのは、少しドキドキしたけれども、「自分にもここまで夢中になれるものがあるんだなあ」と妙な興奮に包まれるものでした。
それから大人になるにつれ、徐々に親にも自分の「好き」を堂々と表明できるようになりましたが、最初の一歩を踏み出せたあのときの記憶は、一生の宝物だと思います。
いつまでも「好きなものは好き!」と言えるきもち抱きしめてたいですね。そうですよね、マッキー。
私のお気に入り収録曲
ここまで記してきたとおり、『OFFICIAL ORANGE』には私の「好き」にまつわる思い出が詰まっているわけなのですが、その思い出を彩り続けてくれる曲たちを少し紹介させてください。
同アルバムには12曲が収録されていますが、私がとりわけ好きなのは、『沙上の夢喰い少女』と『遊園市街』です。
『沙上の夢喰い少女』は、途方もなく優しい楽曲です。歌詞を見ても、キラキラした音を聞いていても、まるで、恵まれないけれどとても優しい人の魂が神さまに救われるおとぎ話を聞いているような気持ちになります。
君の悪い夢も
私が全部食べてあげる
その涙で胸が痛いの
ハチさんはおそらくこの曲以外では巡音ルカを使用していないと思いますが、この曲にはルカの柔らかい声がぴったりなのです。
南方研究所が制作したMVも、涙が出てしまうくらい優しく、また作り手の熱量が感じられるアニメーションになっています。きゅん…
眠れない夜に観てみてください。
『遊園市街』はこのアルバムで唯一ハチさん自身が歌唱しています。「米津玄師」の今よりも荒削りなガチャガチャした音、ちょっと遠くにいて顔の見えない感じが好きです(私のバイアスがかなりかかっていると思いますが)。
歌詞の中に「弦のはねったヴィオラ」というフレーズがあって、中学時代ヴィオラ奏者であった私は嬉しさのあまり、「普段あんまり目立たないヴィオラが出てくるなんて…この曲は私のための曲だ!」というあぶない思想を抱きかけました。あぶない。
この曲を聴くと私は、変わり果ててしまった街の廃遊園地で、追憶の中に閉じ込められた微かなふたりが静かに手をつないでいる映像が頭に浮かんできます。このイメージは、同じくハチさんの『WORLD'S END UMBRELLA』とも通じる終末感が存在しているように感じられるものです。
輪郭さえも朧いだ ずっと二人でいようね
何処にも行けずに 歌っている
このままでいい 錆びついて
きっと僕ら 死にながら生まれて来ただけの
何でもない 小さな街灯
ハチさん、米津さんの詞にはどこか世界を俯瞰した褪めた目線、それでいて世界を愛したいと願う目線の両方が感じられて、それが彼の表現の根底にあり続けるものなのではないかと思います。
・・・
私にとってCDを買うということは、好きなメロディと言葉と思い出が形になって、いつもそばにいてくれることのような気がして、私はある曲を熱烈に好きになるとどうしてもパッケージに手が伸びます。
パッケージ文化がここまで残っているのは日本くらいと耳にしますが、どうかなくならないで。
『OFFICIAL ORANGE』もパッケージで一度手に取ってみてほしいですが、2020年8月からはサブスクも解禁されましたので、サブスク派の方もぜひ。
ここまで、気付いたら長い記事になってしまいましたが、読んでくださりありがとうございました。
蛇足ですが、米津玄師の新譜『STRAY SHEEP』も彼の表現者としての幅の広さが感じられるおなかいっぱいフルコースなアルバムだったので、こちらも未聴の方はぜひとも。
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