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色褪せないという想いを込めて【 超短編小説 】

もう随分前に、電子書籍で短編を書かせてもらっていた。掲載予定だったけれど肝心なコンテンツ配信会社が事業をたたむことになり、ぽしゃった一本です。
読み返してみると、淡くて幼い小説でした。

「 COLOR FAST 」

「 すいません。写真撮ってもらえますか? 」
二人の若い女性が湖畔に佇む響子の後ろ姿に声を掛けた。振り返った響子の手に握られた白い杖を見ると、二人は何度も謝りながら後ずさり、代わりに一人の男を見つけた。

そこには旧式の一眼レフカメラを湖に向かって何度も構え直す朝比奈がいた。朝比奈はシャッターを切ることなくカメラを下ろすとため息をつき、その指先でカメラを数回つついた。

「 あの人に頼まない? 」
二人の女性は朝比奈に声をかけた。

湖をバックにブイサインをする二人の女性を朝比奈は画像に収めた。女性たちは去りながら、響子の背中に軽く会釈をして歩いて行った。

朝比奈は響子に気が付きカメラのレンズを向けた。
横顔にピントが合うと、カランという音がしてファインダーの中から響子が姿を消した。響子は地面に膝をつき杖を手探りで探していた。朝比奈が駆け寄り杖を拾って手渡した。
「 ありがとうございます。あの 」
「 はい? 」
「 自分の写真は撮らないんですか? 」
「 え? 」
朝比奈は響子の顔を覗き込んだ。
「 シャッターの音が全然しなかったから 」
「 なんでカメラ持ってるって分かるの? 」
「 音です 」
響子は手でカメラの形を作って見せ、朝比奈がカメラをつついた仕草と同じようにつついて見せた。
朝比奈は先ほど居たあたりを見て言った。「 耳いいんだね 」
響子は微笑みながら頷いて言った。「 桜、撮りに来たんですか? 」
朝比奈が顔を向けた湖の沿道には見事な桜並木が続いている。
「 ……実は何も撮ってない 」そう言うとため息をついてカメラの肩をコツコツ突いた。
「 それ、父もよくそうしてました。カメラ構えてからが長いんですよ。そんな顔するなとか、ちゃんと立てとか。酷い時なんて散々待たせた挙句、撮るの止めちゃうんですよ。いい加減にしてくれって感じです 」
「 好く撮ってあげたいからじゃないかな。写真って後に残るものだから綺麗に残してあげたいんだよ。お父さんの愛情表現だと思う 」
「 やっぱり、お墓にカメラ入れるべきだったかな 」
響子は空に顔を向けた。朝比奈は今自分が言った言葉をそしゃくすると響子の見つめている辺りにレンズを向けてシャッターを切った。

その夜、響子はアルバムを引っ張り出し、幼い頃からの写真の一枚一枚に指で触れた。
 
翌朝、満開の桜並木を響子は歩いていた。舞い落ちてきた何枚もの花びらが頬を触れていった。響子は足を止め花びらを受け止めようと掌を上に向けた。強めの風が大量の花びらを舞い散らせた時、シャッターの音がした。響子は少し自信なさげに聞いた。
「 昨日のカメラマンさんですか? 」
「 なんで分かったの? 」朝比奈は驚いた声を出した。
「 音です、シャッターの。でも昨日よりちょっとだけ重い音だったから少し自信なかったけど 」
「 本当に耳いいんだね。今日はフイルムが入ってるからほんのちょっとだけシャッター重いんだ 」
「 昨日はからだったんですか? 」
「 スランプの克服にフイルム入れない方法がある 」
「 じゃあ克服したんですね 」
朝比奈は小さな声で「 うん 」と頷いた。
 
二人は湖畔のベンチに腰掛けた。
「 昨夜、父が撮ってくれた写真を引っ張り出しました 」
「 そっか 」
「 それだけです 」
響子はあっさりと話を折りたたんだ。
「 あのさ、目はずっと? 」
「 いえ、五年前に水頭症になって 」
「 すいとうしょう? 」朝比奈は聞きなれない言葉をゆっくりと呟き返した。
「 頭に水が貯まるんです 」
「 治らないの? 」
「 奇跡でも起きない限り目は無理です。でも、手術はします。ずっと安定していたんですけど。頭痛とか目まいとか頻繁になってきたので、そろそろ…… 」
「 そろそろ? 」
「 怖くて迷ってます 」

朝比奈は響子の手を引っ張って湖に向かって歩いた。水際で立ち止まるとピントを合わせ、響子にカメラを手渡した。
「 ファインダーを覗くと右の上に山が見える。左には桜並木がずっと伸びてる。桜は満開。湖面は穏やかだよ 」
響子はカメラを構えると、人差し指をシャッターの上に置いた。

風が二人の後ろから大量の桜の花びらを湖に向かって舞い上げた時、響子はシャッターを切った。

朝比奈はフイルムを取り出して響子の手に乗せた。
「 今君が撮った写真だよ 」
手の上のフイルムに響子は顔を向けた。

桜の花は散って葉桜になった。葉の若さが落ち着き、そして紅葉した。

響子はベンチに一人で座っていた。その手には湖に向かって桜が舞っている写真と、もう一枚、桜並木の中に立つ響子に、薄紅色をした無数の花びらがまとわりつくように舞っている写真があった。響子の指先がそっと写真をなでた。

シャッターの音がした。
響子が顔を向けるとカメラを手にした朝比奈がいた。
「 その音……あの時のカメラマンさんですか? 」
カメラの後ろから顔を出し、朝比奈は頷いた。
朝比奈に向かって歩く響子の手に杖はなかった。

エージロー

読んで下さってありがとうございました!

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