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音楽業界で独占配信が(ほぼ)無いのは、ビジネスモデルに由来する

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Apple Music Classical also claims to offer:
(中略)
"Thousands of exclusive albums”.

Music Business Worldwide

このニュースを見た時、前の記事で執筆したApple Musicの基本戦略に沿っているという感想を最初に持ちました。
Apple Musicは、「音楽体験にフォーカスし、アーティスト・ユーザー双方の観点からエンゲージメントを高める」という戦略を貫いています。今回発表したApple Music Classicalも、Apple Musicのサブスクライバーであれば無料(Macworld)で利用できるとのことで、クラシック音楽という側面からユーザー体験を更に充実させる施策の一つと解釈できます。

今回の発表内容で面白いもう一つのポイントは、Apple Music Classicalでは多数の独占アルバムが提供されるという点です。
映像プラットフォームやゲームプラットフォームでは、独占コンテンツの提供が一つの競争軸となっています。特に、映像プラットフォームについては、前の記事で「ローカルでの独占コンテンツ」「キッズコンテンツ」「スポーツ・ニュースコンテンツ」の重要性など、コンテンツ戦略について詳しく解説しました。ゲームプラットフォームでも独占ゲームの提供は非常に重要で、PlayStationには『The Last of Us』『Ghost of Tsushima』『God of War』『Spiderman』など280本以上の独占タイトルが存在します(EuroGamers)。

一方、音楽ストリーミングプラットフォームでは、ほぼ独占配信の文化が存在しません。音楽ストリーミングプラットフォームに楽曲を配信するときは、通常TuneCoreなど音楽配信代行サービスを使用します。TureCoreの場合、世界185カ国・55以上のプラットフォームへ1曲あたり1年間1551円で配信できます。メジャーアーティストでも、最近は楽曲リリース=サブスク解禁ですが、SpotifyやApple Music, Amazon Music, Youtube Musicなどあらゆる音楽ストリーミングサービスで同時に解禁されます。
これは、実は不思議なことだとは思いませんか?髭ダンの曲がSpotifyでのみ聴くことができたら、Spotifyへの加入者は絶対増えますよね。しかし、どの音楽ストリーミングサービスも基本的に独占配信はしていません。ユーザーは増えることがわかっているのに、その戦略をとっている会社はありません。
実際のところ、音楽ストリーミング業界でもいくつかのサービスが独占配信戦略を実行していました。2014年、当時はまだストリーミングではありませんでしたが、iTunesでU2のアルバムが独占配信されていました。また、2016年にはJayZの4:44が、2-17年にはKanye WestのThe Life of PabloがTIDALで独占配信されました。

4:44

しかし、特定プラットフォームでの独占配信は、強い副作用を伴いました。「海賊版の増加」です。4:44はリリースから72時間で100万回弱違法ダウンロードされ(MBW)、The Life of Pabloはリリースから数日以内に50万回違法ダウンロードされ、これは当時二番目に多く違法ダウンロードされていたRihannaのANTIの3倍以上にあたります(engadget)。
そもそも、音楽ストリーミングサービスが登場した背景には、2000年代にインターネットが浸透すると共に音楽の違法ダウンロードが増加し、音楽業界が瀕死状態になっていたこともあります。音楽はエンタメコンテンツの中でも特にファイルサイズが小さく、インターネットで流通させやすいという特徴があります。当時、音楽を聴くにはシングルでも1000円、アルバムだと3000円も払わなければなりませんでした。今と比べると信じられないくらい高い価格ですね。そのため、当時もPirate Bayなどの違法サイトを使って無料で音楽をダウンロードするサイトが大流行したわけです。
音楽の独占配信は、これと同じ現象を引き起こしてしまいました。普段はSpotifyやApple Musicを使っているのに、1つのアルバムを聴くためだけにTIDALに毎月1000円追加で支払わないといけないのは、消費者的には受け入れがたいものだったのかもしれません。

そして、これは音楽の原盤を販売するレーベルの売上に直に影響します。ここでポイントになるのは、楽曲を許諾しているレーベルは、音楽ストリーミングサービスからレベニューシェア方式で収益を受け取っている点です。例えば、Apple Musicでは1再生あたり0.7円がレーベルへ還元されます。そのため、海賊版の流通が増えれば増えるほど、レーベルへの還元額も減少することになります。こうなってくると、良いレベニューシェアレートを示されたとしても、レーベルは中々独占配信を許諾することはできませんね。
これに対し、映像ストリーミングサービスの多くは、買い切りモデルを採用しています。タイトルの権利元に対し、ライセンス期間に応じた金額を配信開始前の時点で支払うわけです。映像ストリーミングサービスでも、独占タイトルがかなりの割合で海賊版として流通してしまいますが、それにより損するのはストリーミングサービス側で、権利元は(金銭面的には)損をしません。損しないからこそ、権利元はストリーミングサービスへ独占配信を許可しているわけです。

音楽業界全体が、海賊版の流通で瀕死になってしまったという過去を強く記憶しています。それゆえ、独占配信により海賊版がまた増えるというリスクを取らず、業界全体で楽曲を共有しようという文化になっているわけです。
それ故に、今回Apple Music Classicalで独占配信アルバムが多数あるというのには驚きました。クラシックはリスナーが少ないので、独占配信による海賊版横行リスクが少ないという判断なのでしょうか。今後の動きを注視したいと思います。

ちなみに、音楽業界で独占配信が少ないのは、ビジネスモデル以外にも「ロングテール性」に起因するという側面も(わずかながら)あります。前の記事でも言及しましたが、USで再生数Top10が占めるシェアが2017年は1.23%だったのが、2022年は0.425%になっています。Warner Musicでも、収益Top5のアーティストが売上に占める割合は、10年前は15%だったのが2022年は5%まで下がっています。つまり、ライブラリ全体に対して上位タイトルが与える影響が年々弱くなっていっていることを意味します。これは構造的なトレンドですので、今後もその傾向が続くことが予想されます。これは、音楽ストリーミングサービスが独占配信を追求する効果が比較的少ないことを意味します。しかし、髭ダンの曲がSpotifyでのみ聴くことができたら、(海賊版も増えますが)Spotifyへの加入者は絶対増えます。なので、本記事で解説したビジネスモデルの方がより強い理由だと考えています。


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