奇妙で温かな青春 映画「カラオケ行こ!」


詐欺にあった。
ギャグの香り漂うこの映画を「面白そう」の一心でふらっと見に行ったのが運の尽きだった。

鑑賞後、涙でビチャビチャになった自分自身に唖然とした。
訳が分からなかったが、2回目はクソデカタオルを持参した。




『カラオケ行こ!』は、合唱部部長の中学生・岡聡実と、彼に歌の教えを請う39歳のヤクザ・成田狂児のひと夏を描いた物語である。





※以下ネタバレ有り感想


たくさんの、たくさんの名シーンがあった。

特に聡実の紅はきっと何万回聴いても泣いてしまうだろう。
今まさに失われんとするソプラノには目を背けたくなるほどのリアリティがあるのに、それでいて目を離せない神秘性を持つ。
それは岡聡実の、更には彼を演じる齋藤潤くんの、今しかない瞬間を切り取った紅であった。
作品という枠を超えて、なんだか人生を丸ごとぶつけられたような、魂の震える歌唱だった。

あとはエンドロールに入る際の合唱を思わせるピアノがずるい。
ヤクザと中学生という絶対に重なるはずのない二人が、エンドロールの合唱×紅でようやく交わる。この上ないハッピーエンドに胸がいっぱいになった。

他の個人的泣きポイントとしては、楽曲リストを作った聡実に対して狂児が発した「ありがとう」の言い方。
「かわええなぁ〜」も大好きだが、そこで致命傷を負っていたらすぐさま2度目を刺されてしまった。あの優しさで満ちた空間が疲れきった精神にとことん染みた。


そういえば、合唱祭とカラオケ大会の行く末が本作の肝となる部分であったが、その2つの目標は全く達成されていない。
14年間添い遂げてきたソプラノの最期をぽっと出のおじさんに捧げるわカラオケ大会は最下位になるわで結果なんも上手くいってないのに、こうでなければならなかったと言わざるを得ない完璧な結末であった。

偶然の連続が生んだ特殊な縁をこう締めくくることに意味があるのだと強く思う。



鑑賞中は終始、岡聡実を演じる齋藤潤くんに釘付けであった。
序盤から声の良さに引き込まれてはいたが、特に印象的だったのが唇。唇ひとつで絶妙な感情の起伏を表現しているのがすごい。
聡実の表情は真顔がデフォルトなのに、その唇の演技で喜怒哀楽がうっすら滲んでいたのが何よりも愛しかった。

具体的に挙げるとするならば屋上のシーン。
狂児の発した些細な一言で救われたような表情をする齋藤潤くんの絶妙な演技がとにかく凄い。
YouTubeにそのシーンがアップされているので、視聴しては唸るを繰り返している。




立場の大きく違う二人の関係性を言葉にすることは非常に難しい。(それは狂児・聡実共々思っていることであろうが)
そんな中で、言語化が上手いと感じたフレーズがいくつかあったので記録しておく。

フライヤーなどで使用されている『まさかの青春』『奇妙な友情』という言葉は個人的お気に入りである。ハチャメチャさと爽やかさが共存していてとても良い。

紅の和訳にある『追いかけ続けてしまいそうで怖い』を見たときは、聡実から狂児への思いとしての最適解を出されたような気持ちになった。
去った狂児の跡を追う聡実の姿とこの歌詞を重ねては、切なさで頭がおかしくなりそうになる。

そして和訳だけでなく、原曲の歌詞『俺が見えないのか すぐそばにいるのに』にもメッセージ性を付しているように感じる。
これを叫んだのは聡実であった。
ずっと飄々としており素性も分からない、生きている世界が違う男。やっと心からの会話ができたかと思えば、自分を置いて地獄へ行ってしまう。
近くにいるのに遠かった、聡実の狂児に対する思いが痛いほど伝わる歌詞である。

そんな聡実の紅を見つめる狂児の横顔が映る場面は、ヤクザの皮を被っていない、成田狂児その人が初めて現れた瞬間であるように思える。
それを踏まえると『すぐそばにいるのに』は、彼が聡実に向けた温かな感情を表現していると捉えることもできるのではないだろうか。


余談だが、紅を眺める狂児はこの作品のかなり重要な部分であるはずなのに僅かの間しか映らない。
しかし私はあのシーンが一瞬であったことに意味があると確信する。先述した屋上での聡実の表情然り、人物の心情が変化していく様子を過剰な演出で切り抜かない姿勢が心地良い。
細やかで、美しい演出であった。あの数秒を一生忘れることはない。



本作では、言葉だけでない部分からも関係性を描こうとしている様子が伺える。
物語終盤、スナックでヤクザに囲まれて熱唱していた聡実が、その後の卒業式で同じ中学生の仲間に囲まれる。
この対比はこの作品を視覚的に象徴するようなものであり、より二人の間に流れる空気感を際立てているのではないか。
しかしどちらも聡実にとっては大切な居場所であることがまた皮肉的なのである。




『カラオケ行こ!』の驚異的なリピーター率は、ストレスフリーな脚本が大きな要因ではないかと推測する。

ギスギスした心理戦のようなものもなく、ただ二人の関係に焦点を当て続ける。心乱されることなく、やさしい気持ちになれる。
だからこそ、そういうものに「疲れた」人の心にうまく入り込み、圧倒的な支持を得ているのではないか。
これが見たかった、という期待通りの描写をしてくれるし、だからといって想像に易い安直な仕上がりにはなっていない。
コメディに抱く感想としては変かもしれないが、一種の爽快感を得られる。だからこそ何度も見たいと思わせられてしまう。

また、映画に余すことなく散りばられた紅の要素を拾っていくことで登場人物の感情や関係性が浮かび上がってくる演出にも脱帽である。
ここまで無駄のない脚本なのに詰め込んだような印象もなく、見ている側が息苦しく感じることはない。見事な塩梅の脚本と演出はもはや嫉妬レベルである。

そんな制作陣が生み出した原作にはないオリジナルシーンも、映画に新たな深みを加える。
そのオリジナル要素は、おそらくメインテーマとしているであろう愛をより分かりやすく輪郭付ける。
それは続編『ファミレス行こ。』と地続きの内容であるとも感じた。
この映画は、続編で愛を模索し続ける聡実への布石ではないだろうか。
そんな未来を見据えた作品だったからこそ、続編の映画化が既に待ち遠しくなってしまう。


そんなわけで、100分間ずっと幸福感と愛しさで胸が締めつけられる体験を生まれて初めてしたのである。

疲れているときは何も考えずに笑えるし、細かい部分に注視しても無限に楽しめる。
本来その二つを両立させるのは至難の業であるはずなのに、易々とそれができてしまっている点である意味無敵な作品だ。

奇抜な設定の裏にある素朴な美しさや心地よい温かさこそ本作最大の魅力であると私は思う。

こんなに楽しい作品は久しぶりだった。ふらっと見に行って本当に良かった。
どんな人にも、ぜひ気軽に見に行ってほしい。
劇場を後にする時には、ほんのちょっと心が軽くなっているはずだ。

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