【社説】首相公選の実現性と問題点
【首相公選・しゅしょうこうせん】
首相になりたい人が唱え、なってしまうと言わなくなる政治改革のこと。池上彰「WEB 悪魔の辞典」より
たいへん示唆に富んだ言いではないだろうか?
さて今日の日本では、国民の87%が首相公選制の導入に賛成という調査結果もあることからも、首相公選制とういうのは極めて人気の高い統治改革政策案である。しかし、肝心の首相公選制の話はいったいどこから始まったものであろうか?
そもそも、首相公選制とは自民党森政権あたりから取り上げられ、小泉政権時代に首相の私的懇親会「首相公選制を考える懇談会」にて本格的に21世紀のリーダー選出法として議論が進められていたものである。
小泉政権が任期を終えた00年代後半からは大阪維新の会(以下維新)の公約として広く認知されている。維新の公約では一院制(衆参統合)とともに統治機構改革の一環として掲げられ、首相公選制の「民意が直接反映される」「直接政治参加が可能」という点は維新の目指している強いリーダーシップ発揮と上手く合致しているように思われる。
このように書くと主要国のうち、どこかしらの何か国で実際に運用されて高評価を得ている制度であるかのように思われるだろう。しかし、実のところ首相公選制は世界中で実現例は一つしかない、しかもその実績はあまり芳しくないという非常にマイナーな制度であったのだ。この点をふまえ本稿を書いていきたいと思う。
平成14年度8月17日の、首相公選制を考える懇談会報告書を読んでみると、主に55年体制下でみられた①民意との隔絶②最大派閥と、首相の二重権力状態による不明確化を解決し、③首相によるリーダーシップ発揮の強化を狙ったものと位置づけられている。
また懇親会報告では、実際に考えられる統治形態として①実質的なアメリカ型大統領制②議院内閣制を前提とした首相の権限強化型が提案されている。もっとも①実質的なアメリカ型大統領制の場合でも、国会議員から首相は選出されるという枠組みの上であり、アメリカの大統領制度のように議会から完全に独立したわけではないのであるが。
それ以上に特に興味深いのが②であり、これは現在の衆参二院制を1院制度に統合し、衆議院選挙時点での首相候補者明示を義務付けるというものだ。これは2023年現在の維新の公約に近いものであるが「全党員に1票」 つまり、あくまでリーダーは直接選出にすべきであるという大原則を掲げる維新スタイルよりは、現行の議院内閣制の枠組みをある意味尊重したものであると評価できる。
さて、次は実現例を見て行きたいと思う。イスラエルで1992年から2001年に首相公選制が導入されたのであるが評価は散々たる結果に終わったという。なぜイスラエルでは首相公選制度は上手く行かなかったのだろうか?ネットで調べてみたところ
・内閣と国会のねじれ
・議会※1による不信任決議行使
・有事の際の首相・国会・軍部の連携不足
・緊急時における指揮系統の分断※2
などさまざまな、複合的な要因が重なってしまったと挙げられているが、なんと言っても、つまるところは議会による「不信任決議」の存在が大きいだろう。せっかく有権者が民意により直接選挙で選んだ、「民選の首相」を議会の一声でクビに出来るという、一種の有権者への裏切りとも取れるシステムになってしまったのだ。
とまあ、このように考えてみると首相公選制を中途半端なかたちで導入するのであれば、大統領制の導入に向け長期的な視野を持ち体制づくりを整えたほうがよいのではないだろうかと考える。
仮に導入するのであれば①不信任権限廃止による首相権の独立②内閣府の独立性と運営・政策行使能力充実などプロフェッショナル性を担保した上で実施していただきたいものである。
またどうも直接選挙制は実情を無視した人気取り、いわばポピュリズム的傾向になってしまう危険性もあるのでこの点にも注意していただきたい。
もっともこの点は現在の首相選出システム下でも十分起こりうる問題であるので、公選制の功罪に加えるのは酷であろうが数々の手痛い失敗の経験値が国民にはある。しっかり見極めて実施しその上で、国政に参加していく当事者として判断して欲しいものである。
※1(一院制の「クネセト」と呼ばれる)
※2(パレスチナガザ地区における2000年のインティファーダ蜂起時に政府・与党・軍部の連携が取れず混乱が見られた。信頼性醸成が不十分であり、統帥権が上手く機能しなかったとされる)
文責:西園寺きんつば
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